幸せのクローバー
玲莱(れら)
1
4月1日、月曜日。
起きてから見た時計が9時を指していたので『遅刻!』と焦って階下に降りたら、妹がイタズラしてたらしくて。
結婚している友達からメールを受信したので見てみると『義母が最近キツイ……』なんて書いてあるので、出来ることあったら協力するよ! と返信したら、これも冗談だったらしくて。
他にもいろんな人に騙され続けたけど、天気が良いからルンルン気分で出勤しました。高野夕菜、26歳、独身、彼氏なし。ちなみにこれは嘘ではなく、悲しい事実です……。
「高野さん、朝から元気だね」
着替えを済ませて席に着くと、隣の席の今井先輩が声をかけてきた。
「だって、今日、すごい良い天気ですよ。桜も綺麗に咲いてるし、なんか嬉しくて」
去年の夏はものすごく暑くて、冬も寒い日が続いて、3月になってもなかなか気温が上がらなくて、本当に春は来るのか、なんてみんなが噂してたけど。今日の新年度に合わせるようにすっかり気候も良くなって、コートも要らないくらい温かい。
「そんな高野さんにお知らせなんだけど」
「なんですか?」
パソコンの電源を入れながら、今井先輩の返事を待った。先輩は2歳上で、私と同じく独身、でも彼氏はいるみたい。
「今回の異動のこと、聞いてる?」
「はい、あ、今日からでしたっけ。何人か噂は聞いたけど……」
自分は何も変化がないから、特に気にしていなかった。高校を卒業してから大学にも4年間通って、この会社に入れたのは本当にラッキーだったと思う。わりと有名な会社で、最近は業績も伸びている。東京本社と全国5都市、それから海外はニューヨークに支社がある。実家はあまり裕福ではなかったから、早くお金持ちの彼氏を見つけて結婚するしかない! と思っていなかったとは言い難いけど、仕事とお給料にもそこそこ満足している。残念ながら、お金持ちの彼氏には出会えていない……。
そんな夢みたいな話は、ないよね。大企業の社長の息子さんとか、憧れてんだけどなぁ……やっぱりそういう人は、お金持ちで美人で、なんていうか、華やかな人を選ぶのかなぁ。私みたいな庶民には、縁遠いのかな。
なんてことを日々考えながら、何回か転勤もしたけど。取引先に若い人もいたけど。私の運命の人はどこにいるのでしょうか。
「うちにも何人か若い子来るらしいよ」
「若い……男の人ですか?」
「うん。女の子だったら言わないよ」
先輩、それは……。
確かに、良い人いれば紹介してください、とは言ってあるけど……。
「朝礼で紹介があるって言ってたから、ゆっくり選んだら~?」
と言って、先輩は席を立って、たぶんコーヒーを買いに行った。ゆっくり選べ、って言われても。顔と名前だけじゃ、何もわからないよ。
それからしばらくしてから朝礼になって。うちの会社は月曜日だけの朝礼なので、1週間のことは全部まとめて報告される。もちろん異動のこともそう、だけど、今日は月曜なのでタイミングがちょうどいい。
社会情勢とか、数値報告とか、システム変更とか、難しい話がいろいろあって。
「それでは、今日から来られたメンバーを紹介します」
私の席からは見えなかったけど、部屋の隅で待機していた、おそらく転勤してきた人たちが並んで前へ出た。先輩が言っていた通り、若い男の人が3人。おじさんはいない。
私の前に立っている人たちの頭で、はっきりとは見えなかったけど。どこかの支社で出会った人もいなかったけど。
3人が順番に自己紹介をしている間、私はいちばん最後の人が気になっていた。
確かに若い、けど。
そこそこかっこいい、けど。
仕事もできて優しそう、だけど。
そういうことじゃなくて、記憶の隅っこに何か引っかかるものがあった。
(どこかで会ったかなぁ……)
でも、最近は若い男の子と親しくなった記憶はなく。年上の男性から誘われたこともないとは言わないけど、特に進展はなく。
(知ってる気がするんだけどなぁ。気のせいかなぁ)
なんて思っていた時、彼が口を開いた。
「牧原と申します。子供の頃からアメリカにいて、ニューヨークで仕事をしていたんですが、今回日本へ転勤になり──」
まさか、と思った。今日はエイプリルフールだから何かの間違いかも、って思った、けど。こっそり手の甲を抓ってみたら、すごく痛くて……嘘じゃないんだ……。
朝礼が終わってしばらくの間、私はバカみたいにポカンとしてしまっていた。アメリカから課長として転勤してきた牧原真司は、私が高校時代に付き合っていた人だから……。
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