2024/11/14

 アイデンティティの話を今回はしたいと思う。


 私はこの日記のキャッチコピーに「ロシア系ウクライナ人の母」と書いたが、正直に言うとそれはあまり母のアイデンティティを正確に表すものではない。


 母のアイデンティティを、人に説明するのはかなり難しい。そもそも民族アイデンティティには大きく分けて「ナショナリティ」と「エスニシティ」の二種類あるのだが、その違いを理解してくれる人がなかなかいない。


 ナショナリティとはなにか。簡単に言うと、それは「国籍」である。私は日本国籍のみを所有している。だからナショナリティは日本人だ。


 一方、エスニシティは「民族性」である。国籍ではなく、自分の話す言語や慣習、宗教によって分けられるものだ。日本人はナショナリティもエスニシティも一緒のことが多いが、海外ではそれが多々別れる。


 さきほど、私のナショナリティは日本人だと言った。では、私や周りが自分のことを日本人と思っているか。それは否である。

 いや、私は確かに自分を日本人だと思っているが、完全な日本人ではない。私は日本で生まれ、日本で育ち、公立小中学校に通った。私のエスニシティの大半は日本によって形成されている。だがもちろん、母親や私の話す言語の影響は小さくない。

 個人的に私の日本人比率は60~70%くらいだ。


 私の母はどうか。

 母親は以前ウクライナの国籍を所有していた(今は日本のものを取得したが)。つまりナショナリティは「ウクライナ人」である。

 では、果たして彼女は心も完全にウクライナ人だろうか。部分的にはそうかもしれないが、大半は違う。彼女の周りにいる人々はウクライナ語を話さないし、「ウクライナ」という国家に彼女が住んでいたのもソ連崩壊からモスクワにある大学に通うようになるまでのたった数年間。

 母はウクライナをあまり知らないのだ。


 母に彼女のエスニシティは何か(というよりも何人か)と聞けば、彼女は必ずこう答える。


「ソ連人です」


 彼女が生まれたのはソ連、小中学校を通っていた時期もまだソ連があった。そもそも母の母、つまり祖母は中央アジア出身である。だから彼女のエスニシティには中央アジアの文化が混じっている。それをすべてひっくるめて言えば、「ソ連」という一言で終わる。


 ソ連と聞くと「全体主義の恐ろしい場所だ」なんて周りは言うが、母の言葉を聞くとそれは普通の国にしか見えない。

 そもそもソ連が本当にそんな怖い国であるとすれば、なぜ母はさみしがるのだろう。どうしてその国が消えた後、停電ばかりが起こり、食べ物も仕事もなく苦しんだのだろう。

 日本にソ連を実際に知る人は少ない。それなのに実際にソ連に住み、ソ連を懐かしむ人を批判する権利はあるだろうか? 


 本当は私は自己紹介するときに「日本とソ連のハーフです」と言わなければならない。ふだんロシアだのウクライナだの言っているが、私はそのどちらの文化も知らない。映画も音楽も見ていないし、聞いていない。暮らしたこともない。だが、ソ連の映画はたくさん見たし、アニメも音楽も小さい頃から慣れ親しんでいる。


 しかし、私にそう言う勇気はない。そんなこと言ったら絶対に周りからドン引きされるからである。それを払拭するための長い説明は私にする暇はない。


 イギリスにいたとき、アイデンティティの議論をしたことがあった。私はそこで「言語」だと答えた。(ちなみに同じメンバーの日本人の数人がどう答えるか困っていたところはとても新鮮に感じた)

 私に影響を与えてきたのは、日本語、ロシア語、そして英語のすべてのコンテンツである。日本語は日本人しか主に話さないかもしれないが、ロシア語は中央アジアでも、他のスラヴ系民族国家でも話されることが多い。英語は言うまでもない。

 私のアイデンティティは国家や民族を超える。実際私には9種類以上の民族の血が流れている。私の父親の遠い祖先にもアイヌ民族がいる。


 というわけで「何人のハーフ?」と聞かれると私は非常に困ってしまう。具体的な回答を避けても「ロシア語を話す」と言うと、すぐ「ロシア人だ」と断定されてしまう。別にそれはそれでいいのだが、どこかもやもやするのも事実である。

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