第33話

【アレン】


「それじゃ九桜。俺が言ったようにみがいてもらえるかな?」

「承知した」


 酒づくりでは精米をみがくと表現する。

 ごはん用の白米とお酒用のそれを比較すると後者の方が小さくなっている。


 美月ちゃん曰く「磨けば磨くほど、存在が小さくなっていくって、それお兄ちゃんじゃん!」

 オーケイ。一緒にお風呂入ろうか。

 キミにはお灸を据える必要がありそうだ。

「お兄ちゃんとなら……いいよ?」

 揶揄うようにそんなことを言ってのける美月ちゃん。当時の俺涙目。いや、血涙。

 

「最初にするのはもとじこみ。酵母菌を増やす作業。本当は器を徐々に大きくしながらとろとろにしていくんだけど……」

「【腐敗】」


 闇魔法に長けた九桜が発動する。さすが。絶妙だ。

「うむ。どうだろうか主」

 おおっ、あの怪力系美人鬼が俺のことをおるじと呼びましたよ! これは宴が、夜が楽しみでヤンス。


「うん。いい感じ。米こうじづくりは米をといで、すすいで、水をすわせよう。磨ぐ、すすぐ、吸わせる時間はそれぞれ秒単位で決まっているだけど、これからたくさん作ることになるし、おいおい最適解を見つけてね」


 すすぐ、吸わせるの工程は初等の水魔法が発動できれば誰でもできる。

 もちろん俺はできません。嫌すぎるお馴染みですね。


「なるほど。とことんこだわることができるお酒ということだな」

「そういうこと」


 脳筋のくせに妙に物分かりがいいな。

 後に酒づくりでドワーフと鬼の二種族が全面戦争+分裂(流派)することなど、このときの俺が知る由もない。

 全面戦争と言っても競うのはあくまで商品の完成度であり、物理面でバチバチということはないのだが。

 さすがにそれをし始めたら俺も出るところ出ないといけない。

 どんなに嫌がっても【再生】しながら追いかけ回して、押し倒す。そのあとはパンパンやな。パンパンやぞ。(意味深)


「アレン。これ私が造った。褒めて欲しい」


 と裾を掴んで引っ張ってくるのはノエルである。あいかわらず無機質な瞳。感情が滅多に表に出ない美少女である。

 だが、最近ノエルの感情の機微が少しずつだがわかってきた気がする。

 

 女神「元ヒョロガリクソ童貞のアレンさんがどうして女心を理解できるなどと?」

 現実世界に姿を現したとき、それが貴様の初体験だと思え! 

 もちろんそのお相手を務めるのは俺だ! 

 女神「うーん。ではそのときはお願いします。お手並み拝見といきましょうか。あっ、アイスピックは私の方で用意しておきますね」


 そんなアブノーマルな性癖は持ってねえよ! アイスピック⁉︎ 

 いや、なにに使う気だよ! それ普通に凶器ですけど⁉︎

 初体験で血まみれじゃないですかー!


 女神「なににって……やだ。女神に言わせないでください。女の子の初めては血が出るものですよ」

 違う意味で大人の階段登ってどうすんだ! 歪みすぎィ!


 女神「初めての責任、取ってくださいね?」

 嫌だァァァァ!


 女神「ヤリ逃げですか? 最低のクズ野郎ですね」

 全力でおめえだよ!


 女神「こういうときこそ【再生】の真価が問われると思うんですけど」

 アイスピックを使ってリアル黒ひげ一発でもするつもりだろうか。やべえ、この女神トチ狂ってやがる! 地雷臭がプンプンする。


 女神(虹彩のない瞳で)「今日から私、アレンさんの彼女ですね」


〈女神ネットワークが遮断されました〉


 クソッ! 嫌すぎるタイミングで切りやがった。これじゃ怖すぎておちおち眠れもしない。今夜はシルフィに「寝かせないわよ」と誘ってもらおう。うん。それがいい。


 そのためには一秒でも速く日本酒を作らないと!


 さて、話は逸れてしまったが、ノエルの言うこれとはむし器——こしきである。

 木製を選んだ理由はムラの防止、温度を一定に保つ、断熱効果が優れているから。

 諸君らの中には俺がどうしてそんなことを知っているのか気になっている観測者もいるかもしれない。


 それは次のチャートで全て説明がつく。


 女の子とえちえちしたい

 ↓

 素面ではまともに会話できない。手も繋いだことがない。なのに妹との混浴の方が日々迫りつつある意味不。素面では女の子と仲良くなることは不可能……?

 ↓

 お酒には気分を高揚させ、開放的になる効果あり。やれやれ。アルコールに頼るなんてド三流の男がやることでしょ? 前世の俺、お酒の作り方の本を五十冊借りる。

「やはりHは偉大ということか」

 ↓

 へえ。こうやって作るんだ……。読書オモロ。

 ↓

 読了。ホクホク。思ってたより楽しめた。

 ↓

 しばらく経ち

 ↓

 ハッ、おかしい! まだ童貞だぞ⁉︎ なぜだ⁉︎


 以上である。

 いや、なにが「以上である」や。女の子とえちえちのために酒づくりから学ぶってどんだけ遠回りしとんねん。俺は上記のチャートのどこで間違ったんだ⁉︎


 ええい! もうよいわ! 結果はどうであれ読書で得た知識は無駄にはなってない。

 魔法による酒づくり、ましてや俺はただ見学しながら口だけ動かすだけになるとは夢にも思っていなかったが、ようやく役に立つときが来た。


「さすがノエル。本当にいつもありがとうね」

「お礼はいい。髪を撫でて欲しい」

「いい娘いい娘」

「……気持ちいい」


 目を細めるノエル。これまた最近気づいたことなのだが、彼女はどうやら褒めて伸ばされたいタイプの少女らしい。

 モノ作りが本懐とはいえ、納品者の賞賛がドワーフの矜持をくすぐっているのだろう。

 物質の理解、分解、再構築はもちろんのこと、抽出や攪拌、金属の加工、融解と錬金術に隙が一切ない。

 

 サラサラの銀髪という役得を堪能した俺は説明を再開する。


「こしきの下から蒸気を入れる。米を蒸すことは酒の今後を左右する工程だから、九桜や鬼たちも色々試してみるといいよ」


 シートをかぶせるとドームのように盛り上がっていく。


「理想は外がかたくて、中がやわらかいむし米かな」

 

 おっぱいは100%柔らかい方が好きです。大好きです。キュンです。


「アレン。一ついいか?」

「うん?」

「米は帝国帝都にさえ出回っていない。人間に追われて続けている鬼が麦や食料が得られず、彼らが口にしていない穀物を探し続けた結果が現在だ。米により生き永らえてきた我々でさえ酒にするという発想はなかった。主は本当に何者なんだ」

「あっ、それ凛ちゃんも気になってました。ザコのお兄さんのくせに、誰も知らないことを知っていますよね? どうしてですかー?」


 ぐっ……! アレンさんピンチ!

「すごい!」「カッコ良い」「天才!」「さすがご主人様」と異世界転生の醍醐味を味わうことだけに意識を割きすぎて、その想定問答を用意してなかった!

 クッ、IQ85の天才の穴を突いてくるとは、ただのメスゴリラじゃねえな。頭の良いメスゴリラだったか。

 なんて答えればいい⁉︎


 ここで馬鹿正直にHがしたくてさ、書物を漁りまくって調べたんだ。などと打ち明けるわけにはもちろんいくまい。米だけに。

 いや、しょうもないダジャレを言っている場合ではなくて!


 俺が答えに窮していると思わぬ助け船が。

「九桜。アレンが何者かなんて今さらでしょう? どうして知っているのかなんて些細なこと。彼は私たちのご主人様。それでいいじゃない。詮索する必要なんてあるかしら」

 

 シルフィ……!

 きっ、キミ、ホンマ有能やな⁉︎

 スタイル抜群、美しい容貌、固有属性【木】持ち、商売上手、おまけにさりげなく無能ご主人様のフォロー。いい女すぎる!

 脚舐めさせてください!


「全くだ。すまないアレン。不粋なことを聞いたな」

「ええっ⁉︎ 私は知りたいんですけどー!」

「凛。分を弁えろ。郷に従えというだろう。この修道院でアレンのことを最も理解しているのシルフィだ。彼女がそう言うのだからこの話は終わり」

「ぶう」

「ふふっ。聞き分けが良い人は好きよ」

 

 頬を膨らませる凛ちゃん。可愛い。

 だけど俺はちょっぴり怖くなっていた。新入り種族、奴隷の九桜がすでにシルフィさんを修道院の絶対権力者だと認識している現実。

 さらにシルフィさん暗にこう伝えているのではないだろうか。

 私に逆らうな。食い下がるな、と。


 おまえは無能だが知識だけは金になるから仕方なく奴隷でいてやる。

 その代わり主人という立場はあくまで私の気分一つで吹き飛ぶからな、と。

 さすフィである。陰の黒幕っぷりに磨きがかかっている。この場で磨かれているのは米だけはなかったということか。俺を傀儡かいらい——操り人形にすることに余念がない。


 シルフィが黒と言ったら何があっても黒なのだ。生きる価値はないと宣告すれば生きる価値はないのだろう。圧倒的カリスマと支配力。独裁者シルフィここに爆誕である。

 怖いことは間違いないのだが、魅力的でもある。鞭がお似合いだ。


 よし。ここは肯定しておこう。あと日ごろの感謝も告げておこう。女性は気持ちを言葉にして伝えて欲しい生き物だと図書館で見た気がする。


「ありがとうシルフィ。この修道院のナンバー2は伊達じゃないね。みんなも困ったことがあったら彼女に頼るといいよ。もちろん俺に相談してくれてもいいけどさ」

「あっ、アレンの(領域に)比べれば私なんかまだまだよ」


 と珍しくあのシルフィさんが動揺している。諸君。これが女性の怖いところである。

「奴隷から解放されたい」などと漏らしていた人物と同一など、誰がわかるだろうか。なんと彼女は演技の才覚まで秘めていた。


 シルフィさんには逆らわない。アレン覚えた。犬になる。シルフィさんに忠実なわんこになるワン。舐めろというならいくらでも脚舐めます。お尻でもお乳でも舐められます!

 全身リップサービスできます! 頑張れます! むしろご褒美です!


「さすがシルフィ。すごい。私も頑張る」


 と鼻息を荒くするノエル。彼女の発明や開発によりこの修道院の奴隷たちを養うことができているとはいえ、それをお金に変換、それも高い価値でやってのけているのはかのじょの経営手腕があってこそ。

 それを間近で見ているからこそ、ノエルもまたシルフィの凄さを痛感しているのだろう。そこには嫉妬よりも尊敬が込められているように感じる。


「シルフィが凄いの誰の目から見ても確かですわ」

 とアウラ。【無限樹】を真っ先に描出されたエリート、ハイエルフの彼女もまたシルフィに心酔している節がある。


 あのさ、俺は⁉︎ みんな俺のことちゃんと見てくれてる? 結構、頑張ってるからね!

 周囲が圧倒的過ぎて霞んでるだけで、結構やることやってますよ! こういうのって普通ご主人様は絶対の存在で、その上で配下もTUEEEなんだからね⁉︎

 配下だけTUEEEはダメなんだからね! 形だけでもいいからちゃんとその構図は守ってよ! じゃなきゃ泣くから! いい歳した大人が鼻水垂らしながらギャン泣きするから!


「シルフィさんは——」「シルフィの魅力は——」「シルフィ様の素敵なところは——」

 俺を皮切りに奴隷たちの絶賛が始まった。

 もはや崇拝レベルである。いつの間にこれだけの人望を……! おのれ、シルフィ!

 エルフの奴隷爆買いの裏にはエルフの頂点に君臨した上で俺を打倒する算段だったか⁉︎


「もっ、もういいわ。陰湿な嫌がらせよ」

 などと言っているが明らかに照れが見え隠れしている。

 敵は修道院にあり! などと反旗を翻さないことを祈りたい所存。ほろ酔いパジャマパティリバーシ、いや、食っちゃ寝リバーシだけでいいから。それ以上は望まないから。だからお傍にいさせてよ!


 そのためには俺には利用価値があることを示さなければならない。もはや俺抜きにしても飢饉や差別なくせそうな勢いではあるが。


「そうそう。お酒づくりの環境を整えた場所を酒蔵さかぐら、そのリーダーを杜氏とうじって言うんだけど、米の所有者である鬼、その代表者として九桜を杜氏に任命しようと思うけどいいかな。酒蔵で働く人は蔵人ね。その選任も含めて権限を移譲するからそのつもりで」


「アレンの決めたことに私たちが異論を唱えることはないわ」

 と陰の黒幕シルフィ。ふむ。彼女の許可も降りたということは日本酒づくりは鬼に一任しても良いということか。

 シルフィにとって製造権よりもそれを売りさばく方が大事なのかもしれない。


「問題ない」

「承知しましたわ」

「ラア様は衣服を作らせてくれるならなんでもいいぜ」

「師匠なら間違いないですもんね」

「うむ。謹んで拝命しよう」


 満場一致。よし。それじゃ次だ。

 むし米をこうじ室へ。

 もちろんこの部屋もドワーフたちの建設である。

 床と呼ばれる台にむし米を広げ、こうじ菌を振る。もみもみ床もみの作業。もうすぐだ。もうすぐこの感触は本物のおっぱいになる。


「こうじ菌は活動し始めると熱が出るんだけど、あつ過ぎるとダメになるから。まぜる、あおぐ、山にする。ふとんをかけたり、絶妙な温度にするための作業だと思って欲しい」


 よもや、この前に作っておいたおふとぅんがこんなところで役に立つとは。


「任せろ。鬼と火は切っても切れぬ関係だ。そして火魔法の本質は熱操作。しばらくは手探りになるが、得意分野であることは間違いない」

 

 頼もしい返答だ。まさかアルコールのチカラでみんなの服を脱がそうなどと画策しているなど夢にも思っていないんだろう。

 変態ですまん。だが、俺は魔王(候補)だからさ。夜の方も魔王になりたいんだ。


「こうじ菌は米つぶ全体に伸びてくるから、木箱にうつして、波形に筋をつけて寝かす。空気で乾かす枯らしで熱を取り、米こうじは完成。さあ、ノエルが作ってくれたタンクに酒母を移そう。日本酒は水が命だからここは自然に愛されたエルフから【水創造】してもらった方がいいかも。米こうじとかけ米(むしたての米)、しこんで数日で満タンにしてくれる?」


「理由はわからないが、なぜだろうか。ものすごく鬼の本能が刺激されている」

「あっ、それ私もです師匠」


 ふむ興奮されていらっしゃる? 火照りを取るときはぜひアレンさんを使って欲しい。

 これは全く根拠のない推測だが、鬼が日本酒作りに愉悦を禁じ得ないのは、おそらく彼女たちが酒をこよなく愛する種族だからだと思われる。


 鬼の頭領、酒呑童子は酒好きで、神便鬼毒酒じんべんきどくしゅで討伐されたことも有名だ。


「一日に一回、それを三度に分けて材料を入れることを三段じこみって言ってね、日本酒特有のやり方なんだ。かけ米は熱操作で冷やして米こうじよりもあとに入れてね。発酵は【腐敗】で操作できると思うから、そのあたりの調節は任せるよ」


 ちなみに温度計もノエルが開発済みである。撫で撫でを倍プッシュ。「……気持ち良い」

 俺もサラサラの感触を堪能できて気持ち良い。

「お酒の匂いが立ってきたら風圧もしくは水圧で搾ろう。ここも必要に応じてエルフの方が適任かもしれないね。人選はシルフィと九桜に任せるから」

「わかったわ」「承知した」

 

 もはやほぼ全工程を丸投げ。

 道理で俺の存在が霞むわけである。

 窯業も抜群のドワーフさん。おちょこもありますよ。


 仕上げは濁りをとるり。

 タンクに酒を置いておくことで、上澄みが澄んでいく。

 山吹色が本来の色なんけど、ここでは味見も兼ねてにごったお酒を注いで口に含む。

 さあ、みんなの感想は——、


「なにこれアレン⁉︎」

「美味しい! すごく美味しい!」

「ふわぁ〜、なんですのこれ⁉︎」

「ザコのお兄さん、もしかして天才ですか⁉︎」

「こっ、これは凄いな! 驚きを隠せない!」

「かぁーっ! ためんねえな! さすがアレン。とんでもないものを知ってんな!」

『!』


 シルフィ、ノエル、アウラ、凛ちゃん、九桜、ラア。そして奴隷たちの反応は劇的だった。結論から言って大絶賛である。


 さあ、宴だ! 宴が始める。

 騒げ! 祝え! 俺は男になる!

 美味しい食事に、美味しいお酒。火照る身体。肌ける服。いざ酒池肉林参らん——!!

 ぶははははははははははははははははは!


 数時間後——、





























 激しい頭痛と共に目が醒めた俺のすぐ隣にはネグリジェに身を包んだお美しいシルフィさんがすやすやと寝息を立てながらお寝んねしていた。


 ん?

 んんんんんんんんんんんんんん????

 はぁー?

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