第一章ー2:苦労人の当主

*武義視点です


昔から畳の感触は好きだ。ジャンヌも畳の匂いとかも気に入っていて学院に通うため俺たちに割り当てられた別荘には畳があるか確認したぐらいだ。今も畳の感触が好きで少しだけ堪能しているように見える。


<誰が堪能しているって?足が痺れてきたのよ、一時間も正座させられているんだから。頭大丈夫?>


<まぁ、何となく痺れてきた影響で頭がすっきりしてきたような...>


「ちゃんと聞きなさい、貴方達っ!」


頭上から一時間のうちにもう何度も聞いた台詞が幻聴の様に聞こえる。聞きなれたからなのか、足が痺れてしまっているからなのか、頭に入っている気がしない。


「はぁ、もういいわ。とりあえず座布団はそこに置いてあるから二人ともこっちに来なさい。紫、二人にお茶を用意して」


「畏まりました、紫雨様」


控えていた紫さんが座布団とお茶を部屋の真ん中にある卓に置いた。すでに天馬は座っていて俺たちが説教されているのを苦笑いしながら一部始終を見ていた。


「紫雨さんは二人とはいつもこういう感じなのですか、紫さん?」


「私の事は呼び捨てで構いません、跡取り様。質問にお答えしますと本家にお二人が呼ばれたのは数年ぶりなので紫雨様も燥いでおられるようです」


「ちょっ?!紫っ!」


辰の上紫雨は慌てて紫さんの言う事を遮ろうとしたがもう遅かった。紫さんはすました顔で話を続けているがあれは内心楽しんで暴露しているのだろう。


「実のところ紫雨様は天馬様にも合うのが楽しみのようでして、先週から跡取り様の部屋を何度も自ら模様替えをしたり花を変えたりしていました」


「もうこの話終わりっ!」


顔が少し赤くなっている紫雨は座布団に座り、出されたお茶をすする。よく見れば七年前に比べれば目の周りに老いが少し出てきているのがわかるが、それは化粧でいまだに誤魔化せるほど若く見える。見た目はとても二十代の子持ちとは思えないが、昔からあまり変わっていないよ言うのも奇妙だ。


「さて、本題に入るわ。面談は勿論諸々の事情で明日に引き伸ばしにしました。エルウェミニア殿下も明日で構わないみたいだけど、三人ともに話たいとの事よ。だからジャンヌちゃんと武義君は明日ちゃんと面談に来なさい、いいわね?」

物凄い圧に対して俺たちは首肯する。


「もう正装とかは無理やり着せないから、いつも通りの格好でいいわよ。面談自身は貴方たちが天馬君の会話を補佐する形でも構わないから、今日の様にほっぽり出さないでね?ジャンヌも我が家の娘なのだし、武義も入り婿になる形なんだから、ね?」


「そういえば私たちの辰の上家での立場はどうなっているのですか?」


「敬語は使わないでって言ってるのに...ちょうどいいから二人共の処遇を教えるわ。天馬君にも関わっているから聞いておいて損はないはずよ。今から伝えることは二人に対しての命令でもないという事は覚えておいて。嫌なら嫌で普通の学院生でいても構わないという前提で話すわ。


我が家は知っての通り貴方たちが来月通う龍神学院を経営して私が理事長を務めているわ。そこには一般人はそれなりに通っているけど華族や他国の重要人物等々かなり在校しているのよ。学院の方針で在校生の警備や裏での問題解決は可能な限り請け負っているけど、何人かは国際問題や社会的に重要性がある人物なの。自分の身を守れる子たちは無くもないけど、学院としては出来る限り平穏な学生生活を送って欲しいの。


そこであなた達への...提案と言うべきかしら。本当は貴方達に普通に学生として通ってほしかったのだけれど...もともと辰の上家にゆかりのある者を一人か二人ぐらい学院に通わせて裏で起こりうる問題の対処に当たらせているの。聞くのは初めてかもしれないけど以前紫苑が卒業までこの役を担っていたのよ」


問題はその裏の問題とやらが俺たちの得するものなのか...


<ここ数年のと変わらないなら少し問題よね。魔力量は問題ないけれどそれを扱えるようにならなければ宝の持ち腐れだから>


<魔獣や魔物はあまり遭遇しなかったからなー...>

一通りの説明を終えた紫雨に質問をする。

「その裏の対処という具体例はありますか?」


「そうね...エルウェミニア殿下は入学前に北欧のリョースヘイム皇国との会談があるのだけれど、その護衛役となる可能性もあるわね。あとは今年ヤマトでは屈指の人気があるアイドルグループの一人が...この案件はまだ保留にしておきましょう。紫苑も以前は誘拐事件を未然に防いだり迷宮に遭難してしまった生徒を単独短期間で救出しないといかなかったわね」


「提案の内容は把握できました」

<受けなさい>


思考に割り込んできたのは最近珍しく話しかけてくる女神様だった。その思念は相変わらず冷たく感情が読み取りにくいが女神様は唯我独尊でありながらも慈悲深くはあると知っている。けれど当初と比べて一年に一回ぐらい話しかけてくるのが普通だったのにこの一か月で数回は助言や神託に似たような命令を下している。


<当然よ、今があなた達の成長期になりうる条件とかそろえられているんだから。この学院での裏の仕事は受けなさい>


<...理由は何ですか?>

ジャンヌは変わらず女神様を少々警戒している。いや、それは神に対して全員にか。


<強くなければ務まらない仕事だからよ?多分迷宮にほかの学生より先行して潜らせてもらえる筈だし、ここ数年の対人経験もあるから爆発的に強くなるわ。この私が加護を二人ともに授けているんだから強くならないはずがないわ。強くなって貰わないと...わかった?>


<<承知しました、女神様>>


紫雨は女神様と話していて長い間沈黙していた俺たちが考え事をしていたと勘違いしたらしく、少しだけ気が晴れたような表情で会話を再開する。

「やっぱり、受けたくない?それならそれでいいんだけど」


「いえ、受けます」

「タケが心配だし、私にも得がある話だから受ける」


少しだけ驚いた紫雨は儚げな笑顔が一瞬見えた。ただそれは一瞬でまるで感情に蓋をしたように冷静な表情になった。

「わかりました、二人には今後学院での裏の仕事を引き継いで貰います。もともとこれは紫苑からの提案なのだけれど驚いたわ、あの子が予想していた通りになるなんて」


<やっぱりそうだったのね。紫苑さん覚えていてくれたんだ>


<何かと気にかけてもらっていたからな>


「それはそうとして、お腹が空いたでしょ?晩御飯にしましょう」

気持ちを切り替えた紫雨は手をたたいて使用人を呼びつけて晩御飯を要請する。


けれど話が纏まった空間では一人話についていく気がないのが一人いた。


「紫雨さん、俺もその裏の仕事というのを手伝っていいっすか?」


「「はい?」」


<あほか>

<馬鹿じゃないの?>


<<...なんで俺(私)達がツッコミ役になっているんだ>>


―――...


結局紫雨は折れ、天馬も俺たちと一緒にならという条件付きで裏の仕事を手伝うことが許された。後から聞いた話では天馬はかなりの魔法の才はあるけど育ちは平凡な家庭だった。この手の闇には辰の上家の次期当主として触れさせておかないといけない、との事で俺たちがお守する形で紫雨は折れた。


<まぁ、あいつなら普通に鍛えても強くなる様なキャラだしな>


<ほっとけば勝手に自主鍛錬とか没頭しそうだしね>


二人揃って手元にある高級な酒をすする。この国の飲酒年齢が低いことにはこういう美酒に出会えた時程感謝する。晩御飯もかなり豪華で今まで食べてきた食事と比べれば雲泥の差があった。


「静かだなぁ」


「そうね...本邸の敷地内だけどこの別荘は使用人もいないし敷地の林の方に潜んでいるからね~」


「本邸に住んで俺が花梨に鉢合わせたら彼女は一触即発だからなぁ」


「学院でも気を付けないといけないわね。まあ、このような住処を与えてくれるだけ数か月前とは対応が激変したわ」


二人してまた手元の美酒を飲んで月の光が照らす景観を堪能する。


そういえば何か重要な事を忘れている気がする。


<お主、向こう側の匂いがするのぅ>

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