50.ボディーガード

 だけど、牧原君が言ったことが、どうしても頭から離れなかった。

 弘樹が私を好き。かもしれない。

 琴未に相談すると、

「いま言わなくてどうするの、夕菜!」

 って言われたけど。

 弘樹とは一緒にお墓参りに行くくらいで、特に会話はない。

 受験が迫ってきて勉強に集中するようになって、少なくとも私は、他のことを考えてる余裕はなくなった。

 もちろん、奈緒のことは絶対に忘れない。

 卒業しても、大人になっても、ずっと忘れない。


 8月下旬の登校日。

 特に何も変わったことはなく、暑いからって冷たいものばっかり飲んでないか? とか、遊んでないで宿題は終わったか? とか、そろそろ受験校を決めただろうな? とか、担任からのそんな話だけですぐに解散になった。

「そういえば、2学期にすぐ文化祭があるよね。そんな場合じゃないんだけどなぁ」

「ほんとだね。なんか、もう、簡単なので良いよ」

「装飾とか、歌とか? 劇は絶対、無理だよね」

「うん。あ、そういえば、去年も装飾だったっけ?」

 琴未とそんな話をしながら、受験の話をしながら。

 もちろん、久々に会えたほかのクラスメイトたちとも話をしながら。

 簡単に掃除をして教室から出ようとすると、廊下で弘樹につかまった。

「なぁ、谷野、こいつ借りていいか?」

「え? ああ、どうぞ、ご自由に」

「ちょっと、なに、ご自由に、って」

「悪いな」

 そう言うと、弘樹は私の腕を強引に引っ張って。

 少し早足で、下駄箱のほうへ引っ張って。

 そんな私と弘樹を、琴未が「付き合えばいいのに」って見つめてるなんて、私が知ることはなくて。

 学校を出てからは、弘樹は腕を離してくれた。

「なに、どうしたの、弘樹……」

「ボディーガード」

「……へ?」

「いっぱいいたんだよ、屯してる奴らが」

 教室で琴未と話してる時には気にならなかったけど、廊下に私を狙った男子たちが屯してたらしい。

「俺がいなかったら、絶対、捕まってたぞ。あ、お礼は良いからな、俺も夕菜を使ったから」

「どういうこと?」

「こっちも、大変なんだよ……先輩の妹みたいな奴らが多くて」

 その先輩は、バレー部の斎鹿章人?

 とは聞かなかったけど、きっとそうだ。

 私には牧原君がいたけど。弘樹にも葉緒がいたけど。

 今はそのどちらもいなくて、私と弘樹は同じような立場になっていた。

「まぁ、それだけじゃねーけど……久々に夕菜と──」

「え? なに?」

 弘樹の最後の言葉は、車が横を通る音に消されて聞こえなかった。

「何でもねーよ」

 弘樹は笑いながら数歩先を歩く。

 久々に私と──何だろう。

 2人になりたかったとか? まさかね。

 お墓参りをしようと思った? こないだ別々に済ませたけど。

 弘樹がしばらく黙ってるから、私も気にしないことにした。

 でも、黙ってるのは気持ち悪くて、学校の話をした。

 クラスメイトの○○さんがね、とか。△△君が変なこと言っててね、とか。宿題が、とか。受験が、とか。

 笑いながら話した後、牧原君の話になった。

「あいつはさ……俺と夕菜を付き合せようとしてる気がするんだけど」

「え? ……ま、まさか! 気のせいだよ」

「そうだよな。そんなわけないよな」

 その言葉は、本心なのかな。

 弘樹の勘は、正しいんだけどな……。

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