38.大切な人

 二学期といえば、秋といえば、文化祭と体育祭。

 どちらもクラスで取り組むことだから、奈緒と弘樹のことを考えなくて良い日が長く続いた。琴未もわかってくれてるのか、敢えて二人の話はしなかった。

 文化祭で私のクラスがやることになったのは校内装飾。

 正門に飾りをつけたり、廊下にポスターを貼ったり。

 地味で当日にはほとんど注目されない作業だけど、飾りを作ったり絵を描いたりしてる時間は、気分が楽だった。

「単純作業って、結構疲れるよね」

「うん。でも、無になれるから良いかも」

 切った折り紙を輪にして繋げたり。

 お花紙を蛇腹に折って、花を作ったり。

 当日、午前中は琴未と過ごして、午後からは奈緒と過ごした。

 どうして弘樹がいないのかというと。

「あ、始まったよ!」

 私と奈緒がいるのは、演劇会場になっている体育館の客席。弘樹のクラスは劇をすることになって、弘樹も出演だった。

「確か、かぐや姫だったっけ?」

「そうだよ。でも……弘樹の役ってなんだろう?」

「奈緒、聞いてないの?」

「うん。しかも、見なくて良いって、言われたよ」

 劇の進行は原作通りで、特に脚色されたところはなかった。

 光った竹から女の子が見つかって、大きくなって月に帰る。という、あれなんですが。

「え……あれ、弘樹?」

 弘樹がやっていたのは、かぐや姫の役。

 五人の男性に無理難題を言いながら、月に帰りますと泣きながら。弘樹には申し訳ないけど、けっこう、気持ち悪いかぐや姫でした。


「だから、見なくて良いって言ったのに」

「面白かったよ、気持ち悪かったけど」

「くっそー。なんで俺が女装しないといけねーんだよ」

 かぐや姫の役をしたい女の子はいなかったそうで。

 それなら男だらけでやろうと話が盛り上がったそうで。

 本当の男の人はもちろん、おばあさん役も、男の子だった。

 自分をかぐや姫役に押していたクラスメイトの名前を挙げながら、おばあさん役だったクラスメイトには同情しながら、弘樹はぶつぶつ言いながら私と奈緒に合流した。

「次は体育祭だね。期待してるよ、ゴール直前で転ぶ係」

「だから!」

 そうやって笑ってるうちに、私は今まで通り笑っていられるようになった。

 牧原君と会えないのは寂しいけど、いつもメールをくれていたし、時間があえば電話もした。

「絶対、一等でゴールしてやるからな!」

「うん。頑張ってね、応援してるよ」

「かぐや姫の格好で走ったら、目立つのにね」

「あのなぁ! あんな着物で走れるかっ!」

「ははは!」

 いつの間にか元通りになれたよ!

 って牧原君にメールして、弘樹がクラスメイトに遊ばれてるっていうのもメールして。

 女装してる写真を添付したら、牧原君からの返事も、やっぱり『気持ち悪ぃ!』。

 でも、そんな写真を送れるくらい、元気になったから。

 奈緒と弘樹を、前みたいに見守れるようになったから。

 これは、奈緒にも感謝しないといけない。


 高校入学前に奈緒がくれたお守り──奈緒とお揃いの、四つ葉のクローバーの押し花。

 ずっと机にしまってあったのを、久々に出した。

 奈緒は、親友なんだよ。

 弘樹は、その一番大切な人なんだよ。


 なのに、どうして──。

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