第6章

37.そういう係。

 それから私と牧原君は何度かデートした。

 奈緒にも遊びに誘われたけど、優先したのは牧原君。

「私はいつでも学校で会えるから良いよ!」

 って奈緒は笑ってくれたけど、本当は、奈緒に会うのが辛かった。弘樹のことが浮かんできて、心の底からは笑顔になれなかった。

「泣きたかったら泣けばいいのに」

「ううん。今は、泣かない」

 牧原君と会える最後の日に、泣き顔を見せたくなかった。せっかく一日遊べる日を、楽しみたかった。

 明日になったらもう会えないとか。

 次はいつ日本に帰って来るかわからないとか。

 そんなことは考えないで、思いっきり遊んだ。

 だから、二学期の始業式は、いつもより笑顔で登校できた、と思う。いつもの待ち合わせ場所で奈緒に会った時も、途中で弘樹と合流したときも、今までみたいに苦しくはなかった。

「二学期は楽しいことだらけだからな! 体育祭の主役は俺だ」

「ははは、弘樹、張り切り過ぎ」

「ほんとだよ。まだ出る競技も決まってないのに」

「あれでしょ、弘樹は、ラムネ早飲み競争で最後まで飲めない係」

「は? なんだよ、その、係、って!」

「目立って良い主役になるよ!」

 奈緒と二人で笑いながら、追いかけてくる弘樹から逃げた。途中で追い越したクラスメイト達にも、元気に挨拶できた。

 牧原君、私、元気だよ。


 全校生徒が集まっての始業式の後、ホームルームで先生が牧原君の話をしていた。学校にはもう戻らなくなって、アメリカで過ごすことに決めたこと。しばらく戻る予定はないけど、いつかは戻ってきたいこと。

「ねぇ、夕菜、本当に大丈夫?」

 ホームルームが終わってから琴未が聞いてきた。

「もう、会えないんでしょ?」

「うん……でも、夏休みにいっぱい会えたから。前よりは元気だよ」

「確かに、さっきもずっと笑顔で聞いてたもんね。でも、本当に無理したらダメだからね」

「わかってるよ、ありがとう」

 琴未はもちろん、牧原君の代わりにはならないけど、私のことを一番わかってくれていた。同じクラスで本当に良かった。

 だけど、本当は……。

 本当は、奈緒と弘樹のことが気になって、牧原君のことを考えていないと、耐えられなかった。

 幸せな二人を見ているだけなんて、辛いだけだった。

 私も、牧原君という彼氏がいるんだよ──って、それだけが心の支えで。

 琴未にも感謝してるけど、それ以上に牧原君が大切で。

 一人になると泣きそうで、誰かと一緒にいて、ずっと笑うように心がけた。そうしてる時だけは、元気でいられた。

 だから、奈緒と遊ぶ予定もいっぱい入れた。

 弘樹が一緒になるときも、もちろんあった。

 二人の幸せそうな姿を見ているのは、本当は辛い。

 だけど、二人とも、私の友達だから。

「俺、体育祭のリレーに出ることになった!」

「すごい、クラス対抗のやつ?」

「いや、部活対抗のやつ。先輩いねーし、後輩も少ないけど、走るの早い奴らばっかだから一等狙う!」

「弘樹は何番目に走るの?」

「あれでしょ、アンカーで一等とると見せかけて、ゴール直前で転んで目立つ係」

「だから、なんでそんな係なんだよ!」

「えー、目立って良いのになー」

 奈緒は、一等ゴールをする弘樹を見たいだろうけど。

 もちろん私も、それを見たいけど。


 ごめんね、弘樹。

 今の私は笑ってないとやっていけない。

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