31.天邪鬼

「お姉ちゃん、どうだったの?」

「……何が?」

 家に着くなり、玄関に妹が飛び出してきた。

 敢えて知らんぷりをしてみたけど、春美が聞いてきたのは、斎鹿博美の告白のことだ、きっと。

「今日、友達のお姉ちゃんが──」

「ふられてたよ。みんなの前で」

 弘樹はもちろん博美を受け入れることはなかったし、博美も悔しさからか走って逃げ去った。私と奈緒のところに戻ってきた弘樹は平静を装っていたというか、本当に普段通りだったし、奈緒も楽しそうに「ねえねえ、旅行のことだけど、その日だけ特別に門限を遅くしてくれる、ってお父さんが言ってくれたんだ!」と言っていた。

 だけど、それから後の休み時間や放課後、博美の友人たちが弘樹を避けているように見えた。もちろん、そんなことをいちいち気にするような弘樹じゃなかったけど。


 旅行のこともあって、弘樹や奈緒と一緒に行動することが増えた。2人はクラブ活動をしていたけど、それを休んで一緒に帰ることもあった。

「おーい、弘樹ー!」

 学校の正門を出たあたりで、誰かがこっちに来るのが見えた。

 弘樹はもちろん、私と奈緒も、その人を知っていた。

「先輩……どうしたんですか?」

 やってきたのは、弘樹のバレー部の先輩・斎鹿章人だった。この春に高校を卒業して、大学生になったと聞いた。

「久々におまえに会いたくなってな! 寂しかったなぁーやっと会えたー! ……なんてな、冗談だから!」

 そうやって笑って弘樹を叩きながら、章人は奈緒のほうを見た。章人の好みは聞いたことがないが、少なくとも、弘樹にそういう趣味はない。

「悪かったな。妹が迷惑かけたみたいで」

「あ──いいですよ、先輩は悪くないですよ」

「あいつがお前のこと好きらしいとはなんとなく知ってたんだけど、まさかここまでとは……たまたま部屋に入って、びっくりしたよ」

 章人が言ったのは、博美の部屋のポスターのことだろう。

「あいつには悪いけど、全部はがしてやった。それで、言っといてやったよ。弘樹の眼には奈緒ちゃんしか見えてないから何をしても無駄だって」

 確かに、弘樹には奈緒しか見えてないけど。

 それは彼女として、守りたい女の子としてであって、私のことも、ちゃんと見えてる。

 ……と、いいな。

「もしまだ何かあったら俺に言え。こらしめてやる」

 そう言って、章人は学校の中へ入って行った。

 弘樹が博美をふってしばらくは学年中に変な緊張感があったけど、今は何もない。

 だから、博美が何かしてくることも、たぶん、ない。

 弘樹が博美を受け入れないのは当たり前だと思っていたし、奈緒もそんなことはあり得ないと信じていた。

 私は2人のことを心の底からは応援できなかったけど、また今までの日常に戻れて良かったな、と思った。

「つまり、弘樹がしっかりしてれば良いんだよ」

 今でもじゅうぶんしっかりしてるけど。

「ちゃんと、奈緒を守ってれば、問題ないよ」

「守ってるだろう、なぁ、奈緒?」

「え……う、うん……」

 弘樹の質問に奈緒は照れながら答えた。

 照れなくても、素直にうんって言えば良いのに。

 言ったら、それはそれで、私が傷つくかもしれないけど。

 でも、弘樹がちゃんと奈緒を守ってるのは、紛れもない事実。

「奈緒の返事が微妙だったけど……」

「そ、そんなことないよ! 弘樹は、ちゃんと──」

 奈緒の言葉はそこで切れて、黙ってしまった。

「ほら、弘樹ー、奈緒、泣いちゃうよ。ダメな男だなぁ」

「えっ、なんで、俺──」


 ごめん。

 素直じゃないのは、私のほうだ。

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