7.日曜日の朝Ⅰ

 またその翌朝。

 今日は日曜日だから学校はない。授業も始まっていないから宿題もない。

 何もすることがないのは暇だった。が、

 ブーッブーッブーッ……ブーッブーッブーッ……

 常にマナーモードの携帯がメールの着信を知らせた。弘樹からだった。

──今日は何か予定ある?

『何もないよー』

──じゃ、俺を助けて!

『は?』

──とりあえず30分後に学校前の駅で。

『なんで???』

 けれど弘樹からの返事はなかった。全くわけがわからない……。

 ……私が弘樹を助ける? ──弘樹?!


 弘樹を好きになってはいけないということは、何度も自分に言い聞かせた。最初に出会ったときからずっと、それはわかっていた。弘樹は奈緒が好き。奈緒もたぶん、昨日の帰りに返事を、yesの返事をした。私が間に入って邪魔をしてはいけない。奈緒がやっと手に入れたものを奪ってはいけない。

 わかっているつもりだった。

 でもそれは、昨日のあのクラスメイトの台詞であっさりと壊されてしまった。

 ──あいつのこと好きなの?

 動揺は隠し切れなかった。

 ほんの一瞬だけ、認めてしまおうかと思った。

 でもやっぱりそれは出来なくて、否定するのも怖くて、奈緒を見たときは苦しかった。

 ……私にとって奈緒は、親友であり、姉であり、妹であり、憧れでもあり。そんな大切な人の好きなものを奪うことは、私にとって最大のNG。でも、──。

 あれから一晩が過ぎた今朝、形のない障害はほとんど姿を消していた。とは言え、どう表現していいのか全くわからない感情が皆無になったわけではない。全部が洗い流されたわけではない。

 会って大丈夫かな……。

 奈緒と弘樹を見守れるようになったあとの産物は、今後の弘樹との距離をどうすればいいのかという問題。


 駅前にはあまり人の姿はなく、イヤホンをつけて音楽を聴いている男の子が1人いるだけだった。

「あのー。急に呼び出して何ですかー?」

 男の子──弘樹は私に気づいていなかったようで、片方のイヤホンを引っこ抜くとかなり驚いた表情をしていた。

「わっ、なんだよっ」

「なんだよはないでしょ! 自分から呼んどいて!」

 ……昨日と似ている。

 一体朝から何の用なのかと聞こうとしたら、弘樹はどこかへ向かって歩き出した。

「ちょっと、どこ行くの?」

「あー……別にどこでも良いけど。学校行くか?」

「は?」

 せっかくの日曜日に学校へ行く理由はない。むしろ行きたくない。

「じゃ公園とか?」

「公園?! ってこの辺公園なんかないよ? そもそもなんで呼び出したのよっ?」

「2人で話がしたいから。ああ、俺んち行くか」

「ぇぇぇええええ?!」

「……嫌か?」

「いや……別に……」


 というわけで私は弘樹の家に招待され、今は弘樹の部屋にいる。私の部屋はユーフォーキャッチャーで吊り上げたマスコットとか、変な物体とか、大きいぬいぐるみとかがいっぱいあるけど、弘樹の部屋は何もない。学生生活に必要最低限のものしか置いていない。男の子の部屋というのはこういうものなのだろうか。

「それで、話って何?」

 昨日の夜まであれだけ不安だったのに、今は弘樹に友情しかないのが不思議だ。

「今日、昼から奈緒んち行くんだけど……」

 その続きは聞かなくても想像できた。弘樹が昨日、とてつもなく不安で眠れない長い夜を過ごしたことは。

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