充実した余白

晴れ時々雨

🕊

いつ酷いことをするんだろう。

その人はいつも私に会うと、私に対して酷いことをするという予告をする。私は僅かに緊張して彼を迎え、畏まった対応をするのだが結局優しいまま彼は帰っていくのだった。

彼の行動を逐一顧みてみると、確かにドアを開けたとたん何も言わずに抱きすくめてきたりするけれど、私と彼が逢う目的の趣旨からは外れていないので間違いではないし、そんな行動が好みなので気にならない。

ほとんど言葉を交わさないのが常なのだが、たまに質問攻めにすることがあり、そういった日はそれが遊びのルールだと理解した。


私には同居人がいて、彼女の留守の間に届く荷物を受け取るのに在宅しなければならないときがあり、これは彼女の故郷からナマモノが届くから仕方がなく、しかも配達時に冷凍物だったことが判明し、受け取りができて安心した。

その日、彼は私をどこかへ連れ出そうと電話を寄越したのだが事情を話して断ると、急に天気のことを話しだした。お互いがそれほど離れたところに住んでいるわけでもないので適当な答えになってしまうと、彼は不機嫌になった。それから彼は道で会った犬のことや、銀杏並木の下を通って秋口にそこで銀杏を踏んづけた話や、前に一緒に観た映画のことやなんかを捲し立て、今日の予定になるはずだった上映映画のことに話題がいくとまた少し口調がぞんざいになった。

電話口でこんなに長いこと話をした経験がなかったのでとてもこそばゆかったが、宅配の来訪が気になり受け答えがそぞろになってしまった。

「もしかして、これが酷いことですか」

思わずそう尋ねた。

「なにが」

違うらしかった。

そして彼は受話器とは反対の手で自分の恥部をまさぐれと言葉を寄越した。

こんなやり取りをしていても、私の体は素直に彼の言うことを聞けるし、また、彼の答えが違ったことで潤みが増していたので願ったりだった。今にもインターホンが鳴るかもしれないというスリルに、私は興奮した。

彼はしばらく言葉を切った。私は一人芝居だけでは想像がもたなくなり、彼の視界を見たくなった。彼の体が部屋のどの辺に位置し、体のどこに触れているかを知ろうと探りを入れようとして、はっとした。

「あなたは今、ご自分に触れていますか」

電話のすぐそばで電車のブレーキ音が聞こえたのだ。

「今、駅にいる。いいから黙って手を動かせ。乳房を揉むんだ」

彼は鼻で短く呻いた。

私の三箇所の女を代表する部分は一気にむず痒くなり、動かす指を速めた。音のこもり具合から、おそらく彼は駅構内のトイレの個室にいる。忙しないノイズがスピーカーから流れ彼の昂りが伝わると私の高揚は加速した。肉体と精神に侵食する胸苦しさで眦(まなじり)が濡れるのを感じた。

抑えきれずに情けない声を放ったときインターホンの快活な音が屋内に響いた。

「ちょっと待っててください」

彼にそう言ってスマホをベッドに投げ、キッチンで手を清め来訪者の応対をした。下着は床に落ちたままだが構わなかった。

冷凍牡蠣をどうにか庫内に押し込み、スマホを開くと通話は切れており、メッセージの通知が来ていた。

「またな」


もう彼の存在が酷かった。

彼は考える余地を与えすぎる。

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