第8話ローマのパン屋さん(2)
プリニウスにパン工場の中庭を案内されながら、プルプラ、スピーツォイ、セーモはぞろぞろと中庭を歩き回っていた。
そこに一頭立ての馬車がパン屋の中庭に入ってきた。
御者の男は周囲に愛想をふりまきながらニコニコとしている。
「おい」
とプリニウスが馬車の方を向いて3人に注意を促す。
馬車の男に会釈をしながら、
「あれは小麦屋だ、行くぞ」
と馬車に向かって歩きだし、ペーツォたちはついて行った。
「やあ、やあ、プリニウス!元気そうだね。その子たちは誰だい?」
プリニウスは少し面倒くさそうな表情で答える。
「デキムスが拾った子たちだ。ここで働くから覚えておいてくれ。お前たちも覚えておけよ。小麦屋のポッピリウスだ」
ポッピリウスは言葉はなかったが最高の笑顔でプルプラたちに挨拶を送った。
3人のぺーツォたちは転生してから初めて笑顔を見たような気がして、心がほぐれたように感じた。
まるで赤ん坊のような屈託のない笑顔で返した。
ポッピリウスは御者台から飛び降り、馬車の後ろに回って幌の綱を外しにかかる。
「おい」
プリニウスが3人に合図をした。
「この小麦袋をあそこの脱穀機のところまで運ぶんだ」
そう言うとプリニウスは荷台に山積みになっている小麦の入ったズタ袋の一つをヒョイッと持ち上げ右肩にドスンと乗せて歩き出す。
プルプラがプリニウスの動きを真似て小麦袋に手をかけて持ち上げようとした。
「ウッ!オ、オモイ!」
小麦袋は想像以上に重く、プルプラは必死に持ち上げようとするが、ビクともしない…
スピーツォイとセーモが心配そうに見つめるなか、プルプラは顔を真っ赤にして引き寄せようとしたり、反対に押してみたりするが、小麦袋は少し形を変えるだけで、もとある場所からピクリともしなかった。
「何やってんだ!?」
プルプラの後ろからプリニウスの怒鳴り声がした。
「ゴメンナサイ〜持てませ〜ん!」
プルプラの泣きそうな声を聞いた中庭にいる男たちが大笑いする。
「こんなものも持てないのか!?」
プリニウスがそう言うと、中庭の男たちが馬車に近づいてきて、取り囲んだ。
男たちの一人、クリウスがプルプラに近づき腕を掴んで言う。
「細い腕してんな!まるで女の腕じゃねえか?」
クリウスのその言葉に中庭に先ほどよりも大きな笑いが起きる。
笑いの渦を遮るようにプリニウスが言った。
「じゃあ、金色!お前がやってみろ!」
プリニウスの言葉に急き立てられるようにスピーツォイが荷台に小走りし、小麦袋に挑戦する。
結果はプルプラと同じでびくともしない。セーモも同じく持ち上げてみたが小麦袋は微動だにしなかった。
プリニウスは頭を抱えた。
「こんな物も持てないんじゃどうしようもないな…」
プリニウスはしばらく黙って考え、そして言った。
「じゃあ、お前らはこっちを手伝え!これはみんなで運んでおいてくれ!」
プリニウスはそう言うとスタスタと軒下の製粉機に向かって歩いた。プルプラたちは自分たちの不甲斐なさにしょんぼりとしながらその後を追った。
軒下には大きな帽子のような円柱に、それを回転させるためのハンドルが3本突き刺してある。
プリニウスが製粉機の横にある、樽を横半分に揃った小麦入れに柄杓をツッコミ、1匙すくって言った。
「ちょうど3本ハンドルがある!3人で押して回せ!」
製粉機は周りのハンドルを押して円柱を回転させる石臼式だった。
プルプラたちはプリニウスの言葉に慌てて3本のハンドルをそれぞれ握る。
プリニウスが円柱の上から、柄杓の小麦を入れ、もう一度言う。
「よし、回せ回せ!」
3人が勢いよくハンドルを押すと、その大きな見た目に反して製粉機は軽々と回転を始める。
ゴロンゴロンゴロンゴロン
製粉機が回ってしばらくすると、2段に積まれた円柱と円柱の隙間から
、まっ白に製粉された小麦粉が溢れ出てくる。
3周、5周、7周と調子良く回っていたが、10周を超えると腕と脚がパンパンに腫れて痛くなってきた。
「ちょっと待って!!」
セーモが叫び歩くのを止めると製粉機が急に重くなってプルプラとスピーツォイだけでは押せなくなってしまう。
「何してんだぁ〜!」
プリニウスが叫ぶと同時にプルプラもスピーツォイも限界がやってきてその場に3人とも座り込んでしまった…
「ゴメンなさい、もう無理です〜」
3人が揃ってそう叫ぶとプリニウスが呆れた顔で首をうなだれている。
「何だ何だ〜!?もうへたばったのか!?」
いつの間にかデキムスがそこに立っていた。
プリニウスはデキムスに耳打ちし、これまでの経緯を説明する。
「とんだ拾い物しちまったな〜もうちょっと役に立つと思ってたんだが…」
残念がるデキムスを見てペーツォたちは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
中庭では男たちがそれぞれの仕事を苦もなくこなしている。言葉を交わし、笑顔を見せて労働の喜びに浸っているようだ。
3人のぺーツォたちは自分たちがここでは全く役に立たないことを知らざるを得なかった。
自分たちが《異星人》であることに恥ずかしさすら感じ始めていた。
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