第3話関所の番人

プルプラ、スピーツォイ、セーモとリンコは果てしない宇宙空間を飛んでいる。


板きれに小さな推進装置が付けられただけのグリトフォルドだったが、その性能は現在の地球の科学力を凌駕していた。


《量子もつれ》を応用発展させた推進システムは、光速を遥かに上回る速度で進む。

「進む」というよりも「断続的にコピー&ペースト」を繰り返しているのだ。


超光速で進む宇宙空間は真っ暗ではなく反対にとても明るい。


まるで光のトンネルをすり抜けるような景色が広がりペーツォたちを魅了した。


ペーツォたちはこの旅の経過をとても楽しんだ。

それは、小学生が遠足に行ったときのような、日常からの解放されることによる興奮に似ている。



途中アンドロメダ星雲付近でエンジンの休息のために減速した際、大気のある惑星の空にオーロラを発見した。


プルプラとスピーツォイ、セーモが寄り道しようと言い出したが、リンコに窘められてしぶしぶ航行を続けることになった。


彼らペーツォたちの時間感覚で約8時間、地球の協定世界時間(UTC)に換算すると45日間の飛行で目的地マルベスタ(地球)の上空に到着した。




ペーツォたちはそこで大切なことに気づいた。


「ところで…ここからどこに行けばいいんだっけ?」


プルプラがすっとんきょう、かつ根本的な質問を他のペーツォに投げかけたが、その答えを知る者はなかった。しっかりもののリンコでさえ答えに窮し、聞かなかったことにしている。


あのブートキャンプの告知には末尾にキャンプ参加のすべての手順がが記されていたが、のんき者の極地のようなヴィヴィパーラの住人たちはどこか抜けたところがあるのだった。



───大気圏から200kmほど宇宙側でホバリング。


青く光るマルベスタ(地球)はとても美しかった。

ペーツォたちはこそばゆいような、ピリピリと刺激する振動が発散されているのを神経に感じていた。


ヴィヴィパーラ星と地球は外見こそ似ているものの明らかに異質だった。


 地球のような、襲いくるような重い存在感はヴィヴィパーラ星にはない。


しかたなくマルバスタの外周をゆっくりとなぞるように低速航行を始める。


しばらく行くと中空に人影のようなものを発見したので、そちらに向かって進路を変えた。


そこにいたのは不思議な格好をした少年だった。


彼も地球の明かりを下にして大気圏付近をプカプカ浮遊している。

手に持ったタブレットを見ているが、乗り物には乗っていないようだった。


「ねえ、君!道を尋ねたいんだけど!?」



プルプラが声をかけたが少年はチラッとこちらに振り向き、またすぐに手に持っていたタブレットに視線を戻した。



少年は頭に黒い鳥の着ぐるみを帽子のようにかぶり、半ズボンのスーツ姿という出で立ちだ。



「ねえってば!聞こえなかったかな…?」



プルプラが急かすと、少年はタブレットに目をやったまま口を開いた。



「なに?」



それを聞いたプルプラは、自分たちがブートキャンプに参加しようとしていることや、そのためにまずどこに行けばよいのか…などをまとめて質問した。


タブレットに目をやったまま、興味のない態度で少年は「ふ~ん」とだけ言葉を発した。



ペーツォたちはどうしていいかわからずしばらく少年を見ていただが、スピーツォイが自分の手のひらを見つめ、あのボンボンを出現させて少年に差し出して言った。


「僕スピーツォイ!ボンボン食べる!?」


ボンボンを見た少年は突如として態度が変わり、食い入るようにスピーツォイの手に握られたものを覗き込み、今までとはまったく違った声色で答えた。


「僕はGコルボ!これ、ほんとうにもらってもいいの!?」


頷いたスピーツォイを確認するや否や、Gコルボはボンボンをサッと受け取って口の中に放り込んだ。


ボンボンを口の中で転がし、ごくりと唾を飲み込むと恍惚の表情を浮かべる。


しばらくしてペーツォたちの方を向いて明るい声を鳴らした。



「ブートキャンプだね、よく道を尋ねられるんだよ。君たちはどうやらヴィヴィパーラ星から来ているようだね。ひと目で分かったよ!」


それを聞いてペーツォたちは安堵した。


Gコルボは続ける。


「ここから西方86度、バンク角45度で200kmほど降りていくと大きな積乱雲があって、その中にブートキャンプの受付所があるよ!」


さらに…


「あ、積乱雲知らないか…ヴィヴィパーラは雨が降らないものね」


と言うと、タブレットに積乱雲を表示させペーツォたちの方にかざした。


ペーツォたちは積乱雲も知らなかったが、数字で伝えられた方角はもっと分からなかった。


Gコルボの言うように、ヴィヴィパーラに雨はなかった。ただし《霧期》というものがあり、霧の水分によって大地は水分補給されていた。


ペーツォたちは近づいてタブレットを覗き込む。



スピーツォイがいつの間にか出現させた両手いっぱいの大量のボンボンを抱え、


「ボンボン気に入った?これ全部あげるよ!」


とGコルボに差し出すと、彼の笑顔はさらにほころんだ。


「じゃあ、僕が誘導してあげるよ!ついて来なよ!」


Gコルボは一気に大地に向かって落下しはじめた。

ペーツォたちも慌てながらGコルボの軌跡をたどる。


Gコルボにも羽があったが、それは真っ黒く鈍い光を放つものだった。

尻尾のような脚のようなものがお尻の辺りから1本出ている…



大気圏の境界を通過するとき、先を行くGコルボはなにかの抵抗を受けいるようだ。

蛇行したりひっくり返ったりし、強烈な閃光を放って煙を吹いたりもしていたが、ペーツォたちは何の抵抗もなくすんなりと通り抜けた。


大気圏を抜けたとき、ペーツォたちはなにか生々しい匂いとムッとする湿度、うねる磁力のようなものを感じる。

 3人と1匹は頭がクラクラし、耳鳴りが聞こえた。



5分ほど落下すると例の積乱雲が見え、そこでGコルボは減速して空中で小さく前後し始めた。


「ココだよ!なにか困ったことがあったらいつでも呼んでよ!もう僕たち友達だよね!」


と、最初の無愛想が嘘のように人懐っこい別れの言葉を口にする。



ペーツォたちもそれに答えて明るい笑顔でさよならを言った。




───積乱雲は外から見ると真っ白だったが、中に侵入すると意外と視界は明るかった。


しばらくすすむと、雲が開けて広いスペースが現れる。


そこには大きな野営テントのようなものがあり、テントの上面に文字が書いてあった。



〈ブートキャンプ受付〉


3人と1匹は顔を見合わせて頷くと速度を上げてテントの前に着地し、グリトフォルドの走行スイッチを切った。


「あの~ブートキャンプの申し込みに来たんですが…」


プルプラがテントに向かって言うと、テントの奥から声がする。



「やあ、やあ、やあ!かわいいペーツォ君たちがおいでなすったね~マルバスタへようこそ!私が関所の番人のポルディストだ!」


金色のマントを羽織った長い髪、長いひげの老紳士が姿を現して堂々とした態度で言った。

胸にぶら下がる装飾品がキラキラと光り、中世ヨーロッパの将軍のような出で立ちだ。



ペーツォたちは会釈し、笑顔をつくった。


老紳士は右手を差し出し、突っ立っているプルプラの手を握って引き寄せ数回上下に降って握手し、それを全員に丁寧に繰り返す。


ペーツォたちはこんな仰々しい儀礼を体験したことがなかったので面食らってしまった。



「では早速説明に入るが…ここは〈物質界〉と〈非物質界〉転換点で、マルバスタ(地球)に降り立つために審査と準備をするところなんだよ。君たちブートキャンプ参加者には必ず行ってもらいたいステップがある。おっと、そのまえに《ルート選択》だったね…」


と、ポルディストは振り返ってテントに悠々と歩き50cm四方くらいの文字が書かれた木の板を持って戻ってきた。


『マルバスタ(地球)編入ルート一覧』


1.《通常ルート》女性の子宮に宿り出産され、地球人として転生する。

2.《緊急ルート》現在の容姿・能力のまま一時的に地球に降臨し任務を遂行する。(司令書必須)

3.《憑依ルート》現在の容姿・能力のまま事前に定められた被憑依者に同化し業務を行う。(憑依許可書及び認定被憑依者の証明義務あり)

4.《特殊ルート》地球の繁殖システムを使わず容姿だけを地球人に改変させ転生する。


「ここから好きなルートを選んでもらうんだよ。君たちの場合はブートキャンプだから、②と③は関係ないね。だいたいの参加者は①を選択するがね、どうする?」


ややこしい一覧表はポルディストの説明だけではまったく理解ができない。

 ペーツォたちは、黙ってしばらくボードを見つめていたが、正直あたまの中は真っ白だ。

 というよりも思考が停止した状態である。


長い沈黙の中、セーモが口を開く。


「たとえば①の場合、どんな感じなんですか?」


これは何を質問していいかさえ分からない者がする聞き方である。



ポルディストが答えた。


「ああ、①ね。たいがいの参加者はそれを選ぶよ。100人中85人はそれだよ!①の場合は受胎する母親を選んでから、彼に首を落としてもらうんだよ」


「彼?」「首を落とす!?」


ペーツォたちはギョッとして周りを見渡し〈彼〉を探した。


〈彼〉はいつの間にかそこに立っていた…


〈彼〉は黒いマントを頭からスッポリと被った、そびえるように背の高い大男だった。


顔には気味の悪い白い面をつけ、 刃先がキラリと光る大きなカマを握った、いわゆる《死神》というやつだ。



それを見た 3人と1匹はすぐさま


「じゃあ、4番で!!!」


と、言葉をきれいに揃えた。



ポルディストは一瞬真顔になったが、すぐにまた笑顔を作ってどこか白々しい口調で言った。


「いや、いや、大抵の参加者は①でいくんだがね?だいたい、100人中90人くらいは①を選択するね…」



そう言われてペーツォたちはもう一度黒マントの方を見た。

 ブルッと寒気がし、震えながら再びポルディストに答えた。


「やっぱり④番でお願いします!!!!」


ポルディストは少し硬直し、今度は困ったような笑顔で諭すように言う。


「いや、いや、いや~普通は常識的に考えて①だがね~僕が君たちの立場でも絶対①だね!

大抵の参加者は100人中98人は…」


とポルディストが言おうとしたところで、リンコが老紳士に指を指して叫んだ。



「さっきから数が増えてんじゃん!このおじさん怪しいよ!!」


リンコの言葉に3人のペーツォは勢いづいた。


「そーだよ、そーだよ!」


「インチキだよ!」


「④番にしてよ!!!」


と抗議した。


その勢いにポルディストは焦燥し、誤魔化すように弁解した。


「いや~インチキじゃないってば!ほんとにみんな①を選ぶんだよ!それに彼は『ボギエ』といって、ちゃんとした役人なんだよ!見た目はちょっと怖いけど実はいいヤツなんだよ、公務員なんだよ。仕事も丁寧だしね…」


しかしペーツォたちは怯まない。


「④番で!!!」


 話を遮って入り、決意の固さを見せつける。


肩を落としたポルディストはしぶしぶとテントに戻り、今度は手に書類を持ってきてそこに《SPECIAL》と書かれた赤字のスタンプを押してため息をつく…


元気のなくなったポルディストは気を取り直して言った。


「でもこれだけは絶対にしておかなくちゃならないんだが…その光輪と羽は外さなきゃいけないんだよ。これは絶対にぜ~ったいしなくちゃならないんだ。これをしないと転生許可が下りないんだよ…」



ペーツォたちはすっかり疑わしくなったポルディストの様子を見てためらったが、とにかく首を落とされなくて済んだことに安心し、ポルディストに従おうと思った。


「じゃあ、どうぞ」


プルプラが一歩前に進んだ。


「じゃあ、ボギエ君お願いね~」


ポルディストがそういうと、黒マントのボギエがプルプラに近づいて羽を掴み、無言で引きちぎろうとした。



「イテテテテッ!!素手でやるの!?」


プルプラは背中に強い痛みを感じた。


プルプラが叫んでもボギエは力を緩めず、なんとか羽をもぎ取ろうと必死になる。



「フンッ!ボルディストさん、かなり硬いですね!子供だから腱がしっかりしてて!フンッ!!」


初めて聞いたポギエの声は意外に甲高かった。



目に涙をためて逃げようとするプルプラに、


「ダメ、動かないで動かないで!ジッとして、逆に痛くなるから!」


なだめながら誤魔化しながら、ドタバタと羽取り業務を続けようとするボギエ…


スピーツォイとセーモとリンコとポルディストは冷たい視線を送っている。


───かれこれ10分もの間うまくいかない羽取り作業は続く。


「ウワ~ン!!痛いよ~!!!」


ついにプルプラが大声を上げて泣き出してしまった。



見かねたポルディストが投げやりな口調で言う。


「あ~っもういいよ、いいよ、やめてあげて!可哀想で見てられない!!塗っちゃえ塗っちゃえ!ブリーチしちゃえ!見えなきゃいいよ!!」



ポルディストの言葉でボギエはようやく羽から手を離し、プルプラはへたりこんでしまった。


スピーツォイとセーモ、リンコが急いでプルプラに駆け寄り、背中をさすったり「大丈夫?」と励ましたりした。



「もう、光輪と羽は取らなくてもいいけど、その代わりに『漂白』して見えないようにするからね」


ポルディストはそう言い、黒マントのボギエが小走りにテントの奥へ行って手に壺を抱えて戻ってきた。


ペーツォたちがボギエを睨んで無言の抗議をしているので、居心地悪そうに優しい声をかける。


「じゃあ漂白剤塗るからね、大丈夫?痛かった?もう痛くないからね」


と、プルプラをなだめながらハケを漂白剤の壺に突っ込む。



ポギエはプルプラの右羽に漂白剤のついた筆を塗った。


すると漂白剤が付けられた部分がみるみると透き通り透明になっていく。



スピーツォイとセーモ、リンコは「オ~!!」という歓声を上げて驚いた。


「いいじゃん、いいじゃん、それでOKだよ~」


 後ろで調子よくポルディストが言っている。


ポギエはさらにハケに漂白剤を付けて塗り進めていく。


すると、塗った漂白剤が羽の表面をつたって付け根の部分まで流れだした。


先ほどの羽取りの際にプルプラは羽の付け根に擦り傷を追っていた…



─── 次の瞬間、


「イタイッ!染みる!!」


とプルプラが痙攣し、羽が大きく揺れて漂白剤が周りに飛び散る。


 その瞬間、死神ポギエが情けない声で叫んだ。


「ア~!最悪だよ~!このマント昨日おろしたばかりなのに~!」



飛び散った漂白剤はポギエの黒マントの股間部分に付着した。

 みるみる黒マントが透明化し始めそこにいたみなの視線が釘付けになる。




「見ないで!見ないで!今日、中は下着だけだから~!」


と、股間を押さえてジタバタし始めた。


「あ~、そりゃもうダメだ。買い替えだ。廃棄だ。ハハハハッ」


とポルディストは腹を抱えて笑っている…。



───不器用なポギエを見かねて、ポルディストもブリーチに手を貸し、ペーツォたちも見よう見まねで手伝った。


光輪と羽の漂白作業はなんとか完了し、ペーツォたちは無事に地球人となった。









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