第2話ブートキャンプ

 パレトロと別れたペーツォたちは時速10kmにも満たないノロノロした速さで草原をなぞるように飛んでいる。


「パレトロみたいに景色を描けるようになりたいよね」 


 プルプラがつぶやくと、スピーツォイがウンウンと強く頷く。


2人のペーツォは《虚無感》に襲われていた。

これまで念じれば何でも手に入り、何不自由なく暮らしてきた。


 それがパレトロの素晴らしい創作行為を目の当たりにしたことで、念じても出来ないことがあることを知ってしまったのだ。


事実、今こうして心で欲しているにも関わらず、これまでのように突然目の前に願望するものが現れることはない…



 失意の中フラフラと飛行を続けていると、ふとスピーツォイがなにかに気づいた。


 空を飛んでいる2人の下方には崖があり、そこに一匹の小さなオコジョがしがみついて落ちそうになっている。

崖の上には母親らしいオコジョが、子供を助けようと必死に片腕をつかんでいる。


「危ない!」


 スピーツォイが叫んだ。


 その瞬間、母オコジョは力尽き握っていた手を離してしまった。悲鳴とともに子オコジョは崖から落ちていく…


 そのときプルプラが子オコジョが落下する地点付近を睨みつけた。するとそこに半透明のゴムボールが現れる。


 子オコジョはゴムボールに柔らかく着地し、跳ね返されてペタンと地面に優しく投げ出された。


  ペーツォたちは急いで子オコジョに向かって飛び、母オコジョは疾風の速さで崖を走り降りた。


母オコジョは子オコジョに飛びつき、抱きしめて怪我がないか確かめている。


「ありがとう!ペーツォさんたち!いつもあなた達には助けられているわ!」


瞳に涙を浮かべて母オコジョは感謝した。


「ケガがなくて良かったね」


プルプラが笑顔で言うと、子オコジョは母親から離れて歩き出しプルプラの脚にしがみついた。

甘える子オコジョに、スピーツォイがボンボンをあげている。


 スピーツォイが子オコジョを抱き上げたとき、ふとプルプラが気になった。


 プルプラは遠くを見つめている。


「どうしたの、プルプラ?」


「セーモだ…」


スピーツォイがそう言いながらプルプラの視線の先に目をやると、そこには二人の友達のセーモがいた。

その横には猫のリンコが並んで立ち、背中をこちらに向けている。


オコジョ親子に別れを告げ、2人はセーモのもとへ低空飛行を始めた。


「セーモ、リンコ、何してるの?」


 二人が声をかけると、セーモとリンコが振り返り、ヤアっ!と挨拶した。


 振り返ったセーモとリンコの間から、紙が貼られた立て看板が目に入った。プルプラは気になって文字を目で追ってみた。


〈下級ペーツォたちのみなさんへブートキャンプのお知らせ〉


「ブートキャンプ…?」


プルプラとスピーツォイは目を合わせる。


スピーツォイが何かを思い出して言った。

 

「カラは前のブートキャンプに行ったまま、まだ帰ってこないよね?」


セーモが頷きながら答える。


「そうなんだ…もう200年くらい音信不通だから心配で…」

 

猫のリンコが付け加えた。


「正確には197年だね」


「心配だよね…」


プルプラとスピーツォイが同時にうなだれた。


〈カラ〉とはセーモの姉のことだ。カラは天真爛漫で快活なヴィヴィパーラ星の住人たちの中にあって、知的で思慮深く物静かなペーツォだった。


プルプラは立て看板の告知書が気になり、セーモとリンコをかき分けて身を乗り出し顔を近づけた。スピーツォイも同じくそれに続く。


〈下級ペーツォたちのみなさんへブートキャンプのお知らせ───ブートキャンプを体験し、下級ペーツォから中級ペーツォにディメンシア(次元)が上がると、たくさんのメリットがあります。移動できる空間も広がり、機動性・創造性が格段に向上します。たとえば山や川などの景色を描いて創造することなどはいとも簡単にできるようになりますよ!さらに……〉


「コレだ!!」


全文を読み終えるまでもなく、プルプラとスピーツォイは感嘆の声を上げた。


顔を見合わせて喜びはしゃぐプルプラとスピーツォイの様子を、不思議そうにセーモとリンコが見つめている。


プルプラがセーモに向かって言った。


「カラを探しにブートキャンプに参加しよう!明日にでもすぐ!」


プルプラはパレトロのように自然の中に景色を描きたいという理由でブートキャンプへの参加を思いついたのだったが、嬉しくなってテンションが上がり、セーモに説明するのも面倒なのでそれは省いた。


それにプルプラとスピーツォイはセーモの姉カラが大好きだった。

カラは柔和な性格でとても優しく、3人の仲良しペーツォたちはいつも彼女に甘えてじゃれついていた。

 カラが戻らなくなってプルプラ、スピーツォイ、セーモ、リンコは支えを失ったような淋しさに苦しめられたが(きっと元気に暮らしている、きっといつか帰ってくる)と前向きに捉えるようになっていた。

この切り返しの早さと能天気さは、この星の住人のある意味〈特徴〉だともいえる。


───セーモが喜んで声を上げる。


「僕も同じこと考えてたんだよ!だけどリンコと2人じゃ不安だったの…でもプルプラとスピーツォイが一緒なら心強いよ!」


「じゃあ、さっそく明日申し込もう!」


 3人と1匹は、オーッと声を上げ、次の瞬間フッとその姿を消した。



《スピーツォイの家》

 スピーツォイは瞬間移動で帰宅し、家族揃って夕飯を始めるところだった。


 ヴィヴィパーラ星のペーツォたちは〈マナ〉と呼ばれる粉末をストローを使ってスナッフ(鼻吸引)することで栄養摂取する。


がっしりしてどこかおどけたような顔つきの父アデルブレダード、小さな妹のペターロが円卓を囲んで座っていた。


丸々と太った母ディーカが小鍋を掴んで円卓に歩み寄る。

そして円卓に置かれた大皿の上へマナを星型に広げると、いっせいにストローでスナッフした。


 食事が終わりかける頃、スピーツォイが家族たちに目線を送り口を開く。


「僕、ブートキャンプに行くことにした」


 それを聞いた母ディーカと父アデルブレダードは驚き、妹ペターロはストローを鼻に指したままスピーツォイの方を振り返った。


 ディーカがどこか嬉しそうな顔をし、両手を前で合わせて言う。


「あなたもそういうことを考えるようになったのね!」


 父アデルブレダードがそこに言葉を重ねる。


「それはいい心がけだ!ペーツォたるもの一度は経験しておかなきゃな!」


 スピーツォイは父の言葉を聞いて嬉しくなり、テーブルに身を乗り出す。


「パパ、ブートキャンプに行ったことあるの!?」


アデルブレダードが答える。


「いや、ワシは行ったことない…」


 目を丸くして父を見つめて固まっているスピーツォイに、妹ペターロがポツリと口を開く。


「私、寂しいよ…」


 スピーツォイは妹を抱き寄せて頭に頬ずりした。


《プルプラの家》

 プルプラは自分の家で母のブラクーモと2人で小さなテーブルに着いていた。

 プルプラは鼻先に付いたマナをハンカチで拭きながらブラクーモと視線を合わせる。


「ママン、僕ブートキャンプに行くんだ。マルバスタ(地球)だよ」


 持っていたストローを置いてブラクーモは笑みを作って言った。


「一人で?」


「スピーツォイとセーモ。それにリンコも」


母ブラクーモはおもむろに立ち上がり、背後の壁の方に向かう。そしてそこにあるがっしりとしたパステルグリーンの戸棚の引き出しを静かに引いた。


 振り返ったブラクーモの両手には長い笛が握られていた。


「これを持っていきなさい」


 笛を受け取ったプルプラが首をかしげる。


「これにはどんな力が宿っているの?笛だよね?」


ブラクーモが答える。


「吹くと音がなるのよ」


「それだけ?」


あっけに取られた面持ちでプルプラが聞くと、ブラクーモは笑みを浮かべた。


「それだけだけど、マルバスタのような物質次元ではそんな物が意外に役立つものよ」


そういうとブラクーモは改まり、プルプラの両手を握りしめて強く言った。


「いい?あなたがみんなを守るのよ。あなたを信じてるわ」


プルプラは感極まった顔つきで頷き、ブラクーモの両手を握り返した。



《セーモの家》

立て看板の前でみんなと別れたセーモは、空間からひねり出されるように家の応接間に瞬間移動して帰宅した。

 そしてそこにいる両親に向かって叫ぶ。


「明日からブートキャンプに参加してカラを探すよ!」


セーモの父コミーゾと母ルベーノはせきをきったように大喜びし、セーモに飛びつき抱きしめた。


父コミーゾは興奮冷めやらぬ様子で叫ぶように言う。


「じゃあ、とっておきのグリトフォルドを作ってあげよう!」


それを聞いたセーモが付け加えた。


「じゃあ、プルプラとスピーツォイの分もお願い!」



コミーゾは「3台分…」と呆気にとられた。


グリトフォルドとは、反重力システムで動くスケートボードのような乗り物だ。

ヴィヴィパーラ星のペーツォたちが星間などを長距離移動するときに最も使われている。



母ルベーノは


「カラを連れ戻して来てね!あなたが頼りよ!」


とセーモに抱きつき、接吻の嵐をお見舞いしている。


「今日は徹夜だそ!」


とコミーゾは羽をパタパタと忙しく羽をばたつかせて中空を飛び、ドアから外に出ていった。



─── 翌朝3人のぺーツォたちとリンコとそれぞれの家族はセーモの家の庭先に集まっていた。


セーモの父コミーゾは徹夜で作ったピカピカのグリトフォルドを地面に並べ、推進装置がどうだとか、制御機能がどうだとか、表面塗装がどうだとか得意そうに説明している。


プルプラとセーモはピカピカのグリトフォルドに喜びコミーゾに抱きついて感謝した。


「じゃあ、出発しようか!」


3人と1匹は意気揚々と頬を赤らめ、それぞれのグリトフォルドに両脚を置く。


その瞬間母親たちはこみ上げるものを感じはじめた。


ディーカとルベーノはハンカチで目を押さえ、ブラクーモが涙する2人を抱擁する。


コミーゾは自信作のグリトフォルドの調子が気になってそわそわし、アデルブレダードはなにかに満足したようにウンウンと何度も頷いている。


グリトフォルドは長さ50cmほどの長方形の板の底面に、薄っぺらい反重力エンジンが取り付けられたシンプルな作りだった。

推進装置からは紫色の光が発し、地面の芝を明るく照らしている。


「行くよ!!」


プルプラの一言で周囲に緊張が走り、一同ピンと背筋を伸ばした。



モワワワワワ~ン!!


エンジンが作動し、ペーツォたちは振り落とされないように腰を落とす。


フッユユユユ~ン!!


プルプラ、スピーツォイ、セーモと同乗したリンコたちはとてつもない速度で急発進する。

一瞬で高速移動して米粒ほどの大きさになり、あっという間に見えなくなってしまった。

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