第1話『最高の彼女』
最愛の彼女、栗原彩乃と出会ったのは幼稚園の入園式だった。人前でもあまり緊張しない俺とは対照的に、彩乃は入園式という人生最初の大舞台に緊張してしまって泣き出してしまった。途中で先生たちが宥めているのを横目に見ていた覚えがある。
幼稚園生というものは例外なく、愛だの恋だのがわからないまま結婚すると言い出す。よく遊ぶ仲のいい女の子と二人でこそこそ、結婚したら何人子供が欲しいなどを話すのだ。俺と彩乃もそういう関係だった。よく二人で砂場の隅で隠れてそういう話をしたものだ。そして、その関係は小学校に入ってからも続いた。放課後の教室で二人きりになった時には必ず好意を伝えあっていたものだ。ファーストキス、というものもその時に体験した。五時のチャイムが鳴る中、教室のカーテンの裏でそっと唇を重ねた。その時の感触はもう覚えていないが、彩乃の顔が夕焼けに照らされて紅くなっていたのは鮮明に覚えている。あの時初めて、俺は女の子の可愛さというものに気づかされたのだろ。
しかし、打って変わって中学の頃の俺は彩乃から距離を置くようになってしまった。典型的な思春期というものだろう。クラスの中ではやれ誰と誰がくっつている、誰は誰のことを好きだという噂が流れた。俺は決して噂されるのが嫌なわけじゃない。だが、周りの男子から冷やかされることに嫌悪を覚えたのだ。
孤独感とイライラを足して二で割ったような、そんななんとも言い難い感覚が気持ち悪かった。
そんな中でも、彩乃は変わらずに明るく接してくれた。時々聞こえてくる女子達の会話の中でも、彩乃は恥ずかしげもなく俺のことを話していた。生まれ持っての明るさを最大限に生かして良好な人間関係を築いていた。それでも放課後には必ず俺のところに来ては、一緒に帰ろうと笑顔で誘ってくる。周りから何と言われようと、俺に拒否されようと絶対誘いに来た。
――曇りのない、晴れやかな笑顔で「今日はどこに寄り道しようかな。」と尋ねてくるのだ。
俺は彼女の誠意に、まっすぐに向けられる好意に応えなければいけなかった。しかし、俺は失敗した……彩乃を、自分が一番裏切ってはいけない人を最低な方法で傷つけてしまったのだ。
◇
「悠君、今日の放課後はどこに行こうか。」
彩乃はそう言って今日も誘ってくる。
「昨日の始業式終わりどこにも行けなかったからな。たまには二人でデートでも行こうか。」
「やった。」
両手を胸でグーにし、嬉しさからか少し飛び跳ねる彼女はやはりかわいい。ふわりと膨らむボブの茶髪に目が奪われる。
「それじゃ、どこに行くかは歩きながら決めよう。」
「うんっ!」
うん。カワイイ。
学校帰りの制服デート。中高生なら誰もが憧れるシチュエーションだろうが、意外としてみると気恥しいものである。手を繋いで2人で歩いていてクラスメイトに見つかったらどうしようとか、親にバレたらなんて言い訳しよう、だとか思ってしまうが、それでも少しでも恋人と一緒にいたいという気持ちが勝つのは、やはり好きだからなのだろう。
「ぼーっとしてどうしたの?早く悠君のクレープもちょーだい。」
「わり、考えごとしてた。」
目の前には目をつぶって口を大きく開けている彩乃がいた。……クレープひとくちにしてはでかすぎないか?
その大きく空いた口に、俺のチョコブラウニークレープをそっと入れてやると、パクッと口を閉ざし美味しそうに食べ始めた。
「ん〜!やっぱり悠君のチョイスは毎回ハズレがないねぇ〜!!」
あまりにも美味そうに食べるもんだから「まだ食べるか?」と言うと、目をキラキラさせてはしゃいでいた。こういうとこが可愛いって言ってんだよなぁ……
クレープを食べ終え軽くウインドウショッピングをした後、俺たちはいつもの場所へと向かった。電車と車と道行く人たちに逆らうように、俺たちはオレンジ色の海へと足を運ぶ。砂浜に2人で立ち尽くすと、もう他に誰も居ないように感じられる。右手から伝わってくる彼女の熱と脈が俺たちを異空間へと誘う。
その空間に言葉はいらない。お互いの存在を確かめ合えているのならば、それが俺たちの言葉だ。
「この景色も、変わらないね。」
変わらない。変化がない。進歩してなければ、退化もしていない。でもそれでいい。ただ彩乃と一緒にいられるなら。何も言わずに見つめ合う。そっと口付けを交わし、彼女ははにかんだ。最初にキスした時と同じだった。
――この関係は、もう壊したくない。
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