彼女にバレなければ浮気じゃないよね?

暁 久高

プロローグ

 テレビのワイドショーや週刊誌、ネット記事を読んでいると当たり前のように記事となって出てくる不倫問題。週刊誌にとって美味しい話やタレコミがあれば、それが嘘であろうが本当であろうが構いもせずに記事にして、度々世間を騒がせる。そして驚くことに、世間はそれを鵜呑みにして一斉にたたき始める。自分が多数派にいることをいい事に

 「浮気するなんてサイテー」

 「そんなことしない人だって信じていたのに」

などと自身の見解があたかも正解かのように他人に罵詈雑言をたたきつけるのだ。その見えない相手からの言葉は時に刃となり、誰かの人生を断つものとなる。

 しかし、相手にバレなければ浮気は浮気として存在することができない。浮気した挙句、相手の女性を傷つけてしまうことが問題なのであって、絶対バレない自信や傷つけない保証があるのならば、浮気をすることは問題ない。

 この独特な意見を主張しているのが、氷川悠という高校一年生の少年だ。

――そして彼もまた、ドロドロな関係性の渦の中に身を投じるのであった。

「悠、今日の帰り飯食っていかね?」

中学からの同級生の横山に誘われ、始業式終わり特有の喧騒の中を駆けていく。二学期にもなると、一学期に構成されたそれぞれのグループはかなり親密な関係になり、廊下で放課後の寄り道の約束なんて日常のように行われる。そんな中でも全く声をかけられない俺たちは……

まぁ、つまりそういうことだった。

「ラーメンにするか?それとも定食にするか?」

「安定のラーメンだろ。横山のおすすめのとこ、めちゃくちゃ美味かったからまた行きたかったんだよなぁ。」

お昼時、定食屋やラーメン屋など手軽に食べられる場所はどうしても混雑を避けられない。だが、その中でもラーメン屋はずば抜けて回転率がいいため、さっさと食って帰りたい俺達にはピッタリというわけだ。


「悠君。ちょっといいかな。」

校舎を出ようとした俺を呼び止める声。後ろを振り返ると小柄な少女が俺のことを見上げていた。

「どうした。彩乃。」

栗原彩乃――幼馴染にして俺の自慢の彼女。童顔な上に小柄なので、はたから見たら同い年とは思えないだろうが、ブラウスのせいでより強調された胸元がそれを否定する。その犬のような人懐っこい性格のおかげで、クラスの連中のみならず、教員からも絶大な信頼を置かれているらしい。

「今日は一緒に帰ろうって約束したじゃん。どうして横山君と先に帰ろうとしてるの。」

「だってお前、今日生徒会役員の仕事あるって朝言ってたじゃん。そろそろ集合時間だと思うけど、行かなくていいのか?」

 彩乃は今朝、

 「今日は役員の仕事があって、一緒に帰れないんだ……ごめんね……」

 と自分から言っていたのだ。

あっ!と言っているあたり、思い出したようだ。

「教えてくれてありがとう。また明日ね。」

 小さく胸の辺りで手を振る彼女。かわいい。いつも、こうして小動物を愛でるような感覚を抱かせるのだ。

 トタトタと駆けていく後ろ姿を見送る。途中何度か人にぶつかりそうになっていたが、やがて人垣の向こうへと消えてった。あのドジっ子なところも色んな人から好かれる要素なのだろう。

 「全く、クラスで友達が俺しかいないお前が、あんな可愛い子と彼女なんてマジで信じられないよな。幼馴染じゃなかったら視界の端にも映らなさそうだもんな、お前。よく教室内でバレてないよな。お前たちが付き合っていること。」

「まぁな。俺があいつと付き合ってるなんてことを知られたら、翌日から怖くて登校出来ねぇよ。幼馴染だから仲がいいってことでカモフラージュできているうちが華だな。いいから、さっさと食いに行くぞ。」

 「へいへい。」

 そう言って、俺たちは校舎を後にした。


 ラーメンを食い終わった俺たちは書店にでも寄ろうということになって、近くの大型書店に足を運んでいた。

 「そういや、お前の姉ちゃん新刊出したとか言ってなかったか?」

 「うん。今回はあの人、原稿早めに上げてくれて助かったよ。マジで編集長に怒られるのこっちなんだから勘弁してほしいぜ。」

 「ほら、あったぞ。『その恋の特異点(シンギュラリティ)』。店頭に平済みされてるあたりを見ると、お前の姉ちゃんってやっぱすげぇんだな。」

 姉、氷川美鈴。現在大学一年生のピチピチJDというやつだ。高校二年生の頃に作家としてデビューした彼女は、今や日本を代表する学生作家として人気を博している。特に中高生からの人気が高く、書店でも同い年くらいの女子たちが本の山から手に取っているのをよく目撃する。

 「いいから他のとこ行くぞ。この本見てるとにっこにこな編集長の顔が浮かび上がってきて吐きそうになる。」

「はいよ。それなら。昨日出たラノベの新刊でも漁るか。」

「賛成。」

 姉の新刊からは背を向け、俺たちは地下にあるラノベコーナーへと向かう。

――しかしそれは、姉の放つ光から逃げるようにも思えた。


 人前に出るから、どんな些細なことでも大量の非難を浴びることになる。それが事実であろうとなかろうと、他人事で、かつ面白ければ人は人を叩きたがる。

 だからもう、俺は陰にいることにした。光を浴びることなんて一切なくていい。なんでも持ってて、なんでもできる完璧な姉の裏でひっそりと生きていればいい。人望があって、いつも笑顔でいる彩乃の影に隠れていればいい。

 

――もう、あんな風に傷つきたくはない。

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