第579話 穴の底で藻掻き戦う


空気が変わった気がして、目の前にいきなり黒い影が現れた


浮遊感とともに頬を左から大きく斬られた



「なにぃっ!!?」



振り抜いたであろう魔族が驚いている


無意識に顎を引き[カジンの捕縛布]で斬られるとわかっている場所を守った、一撃で首を落とされるということはなかったがミスリル製の布が半ば断ち切られている

これがなかったら頭ごと持っていかれたかもしれない


結界神の力の籠もったものだったはず、それが一瞬の拮抗の後に切られたのはよほど強い力の剣なのだろう


すぐに砂を収納から可能な限り排出する


砂をビニールで覆うことによって収納にいれ、それを出す


ビニールを切ることは出来ても、魔族は砂の質量で僕の元には来れない


コンテナのように万が一狭い場所の場合に自分が潰されるようなこともない



「下がってください!」


「ちぃっ!!」



左の頬が痛い、痛くてたまらない


女の声、情報にあった他の魔族か


周りには倒れた神官や神官の服を着たアンデッドが大量にいた


石造りの床に壁、見覚えがある・・・ここはザウスキア、僕が召喚された石造りの部屋だ


松明の明かりに照らされて部屋全体が見える


倒れた何処かの神官たちが、数千、いや万を超えているかもしれない数がいた。僕を無理矢理に召喚したのか!!?


彼らの安否も気になるがすぐに武装を取り出して構える



「出番かの?<死霊よ!光あるものを貶めよ!勇者の血肉をもってしてのみ貴様らは救われる!天蓋を覆いし死者共よ!底にいるぞ!獲物が地の底、奈落に落ちし勇者が貴様を助けようと底にいるぞ!!求めよ血肉を!求めよ救いを!!>」



魔族の老人が天を仰ぐように魔法を使っている


つられて上を見ると暗い天井が蠢き、人の形を寄せ集めたようなぐちゃぐちゃの、不定形の何かがいた


天井が全てアンデッド?!しかもこの術師アンデッドを操ると同時に足場を神官ごと崩した・・!!?



「―――っ!!?」



足場が全てなくなり、穴に落ちる


むせ返りそうなほどに濃い瘴気、底が見えない、


杖で【転移】しようとしたが出来ない!!



「ここはもう魔界だよ?恐怖公の初撃を防いだのはびっくりしたけど、死んでくーださい♪」


「小僧!ぶっ殺してやるからせいぜい恐怖して食われてろよヒャハハハハハ!!!!」



老人の術者と女と切りかかってきた男の三人を上に残し、地下に向かって【飛翔】する


上からアンデッドが波打って落ちて来る以上、逃げ場がない、距離を取らないとっ!!



知覚を加速させて考える、考えて突破口を探す


僕を召喚するために何人の神官を殺したんだ!?あり得ない、僕やせーちゃんでやっとで転移ができるがそれは神の意志にそったもので無理やり僕を召喚するなんて無茶苦茶だ


魔王の核や結晶体で転移ができることもあったそうだがそれは魔王という天災のような力を凝縮されたそれを使ってやっとできることである


神官が召喚を行うには入念な準備に儀式、神々の意に沿って力を借りてやっとできる


なのに、神官を集めるだけ集めて使い捨てにするなんて?!


違う、起きたことを考えるんじゃない、今はここからどう切り抜けるかだ


考えろ考えろ考えるんだ!



「ぐっ!!」


「「「「「シャアアアアアアアアアアアアアア」」」」」



降ってくるアンデッドの塊、アンデッド系を練り合わせたかのようにして作られたそれはアンデッドの最上位、レギオンだ


アンデッド同士がまとまり、触れたものに死と呪いを撒き散らすだけの天災


のびてきた頭に足を噛まれたが左手に持った聖剣でレギオンを斬りとって加速する



転移は出来ないしこの穴の先に何があるかはわからない



予言ではいきなり落下中に斬られていると言っていたはずだが間違いなく召喚された場所だった、寝る前に祈ったから少し未来が変わった?


ケテスさんに見えるはずの未来は前後が分からなかったのは召喚箇所が聖域で見えなかったからか?神様たちは僕に警戒心を抱かせるために不自然な避け方をして予言を狂わせようとした?


だめだ、そんな事に思考を散らすな、もっと生き残ることを、この場から逃げることを考えろ!



本来僕が気づく前にアンデッドに包まれて落ちて斬られるはずだった?



ズグン・・ズグンっ!!



血の巡りとともに、酷く頬が痛む



斬られたのは左の耳から頬のはずだが、左目は開いてるはずなのに見えない


何よりも痛い、痛くてたまらない



「<レアナー様!ここに力を!!>」


「させっかよ!」



落ちていると眼の前から男が現れて斬りかかられた


聖剣で受け、壁に弾き飛ばされ・・アンデッドに飲み込まれた



【神の裁き】が、レアナー様からもらえるはずの力が発動していないっ?!異界だからか!!?



「死にたくない死にたくないィィイイイ!」

「憎い憎い憎い!」

「よぐもよぐもうらぎりやがっだな”ぁ”あああああああああああ!!!!」

「はははははははは!!!」


レギオンに包まれレギオンから手や足が無数に伸び、怨嗟の声が聞こえて僕を食べようと全身をかじりつかれた



ゴギンっ!!



アンデッドの濁流に飲まれて地の底にまで落ち、岩にぶつかって太ももから嫌な音が聞こえた


痛みでチカチカする


全身を噛みちぎられながら聖剣が手から滑り落ちる、右手の杖は握ったまま


左手で奥の手であるスタングレネードの安全ピンを抜いたものをいくつもすぐ近くに落とし、右手の杖で【清浄化】を無詠唱で放つ



ダッガ!キィィィィィィィィィイインッ!!!



破裂音の後に高音が響く、完全に目を瞑ってもまだ眩しい


G達元スパイの訓練がなかったら動きようがなかっただろう



「くぁっ!!?」


「何じゃ?!目がぁっ!!」


「目がっ、あぁこのガキっ!!!」



全身を覆うアンデッドの圧はなくなり、食いちぎってきたアンデッド共を【清浄化】で消し去ると同時に敵の目を潰した


僕の目が両目とも潰されている可能性から、敵の目も見えなくしようと考えた


すぐに残った[カジンの捕縛布]で体を起こし



ドスッ


「ぎっ!!?」



何かに後ろから刺され、身体を持ち上げられる


馬に乗った死霊騎士の槍・・!


しかも【清浄化】でレギオンが浄化されきっていない


アンデッドが数千数万集まって産まれるレギオン、古代から存在する人の怨念と呪いの集合体、神にすら消しきれないそれに、僕はまた押しつぶされた



「呪ってやる呪ってやる呪ってやる!!」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」

「お助けを、お助けをぉぉおおおおおぉぉおおおおおおおおお!!」

「はハははハハハはは!!!」

「おとーさんどこなのぉ」

「美味い、ウマイぃいい!!!」

「血肉をぉぉおおお救いをぉおおおおおお???!!」



全身を噛まれ引っかかれ潰される


死霊騎士ももろともに、見境いがない


一瞬の溜めの後に【聖域】を発動する【清浄化】よりも範囲は狭いが近づかれると厄介だ


噛まれた場所に呪いが染み込んでくるのがわかる



「いいなぁ諦めない心ってのはよぉ・・だが、やらせるかってんだ!」



この大きな穴の全てを聖域で埋め尽くそうとしたが魔族が切りかかってきて、発動したての【聖域】は破壊された


振り下ろされた剣が足元から来る


まだ向こうもはっきり見えてはいないだろうけどこちらも同じだ



「そらそらそらそら!!お前の生もここまでだ!!恐怖しろ!何も残せず、誰にも知られず穴の底で無惨に殺され、その魂を汚され痛め続けられることに恐怖しろっ!」



魔力感知を最大限に活かしてできる限り受けるか受け流す


岩で折れた片足はもう治したがレギオンに噛みつかれた全身は治りが悪いし、左目は完全に見えていない


こいつの剣は神剣ぐらいの強さがある、いつものように受けても無視することが出来ない


聖剣で受けることは出来ても、相手の方が戦士として格上すぎる



「死んでも痛め続けてやろう!産まれてくるんじゃなかったと呪うまでな、ちっ!フレン老!!!」


「下るんじゃ!!!」



見える片目で必死に何が起きているのか、いや、この日のために鍛えた魔力感知で察知する


後ろから僕の身体よりも大きな斧を持ったミノタウロスのゾンビが突進してきて、消し飛ばしきれなかったレギオンがまた膨らんで降ってくる・・!!


良く見れば他にも数え切れないほどの魔族がいる


ミノタウロス以外にも周りには高位アンデッドと魔族が待ち構えていて逃げ場がない



「ヴモオオオオオオオオオオオオ!!!」



鈍重そうな見かけに反して猛烈な速さで突っ込んでくるミノタウロスゾンビ


一息の間に無理やり全身を強化し、振り降ろされる斧と同時にミノタウロスに飛び込んで両手持ちの聖剣を胸に突き刺す


上から降ってくるレギオンに対して杖に魔力を通して剣で切り裂く・・・ここだっ!!!!



「「「「うごぉおおおあああああああああああああああああ」」」」


「痛い痛い」

「なんで俺たちが!!」

「************!!!!」

「救いを!救いをぅおおぉおおおお!救い救いおぉおおおお」

「肉!!にくぅ!!!!!!」



どれだけ大きいんだ!!?


杖の先に伸ばした魔力の剣は雲まで届かせるほどの力で切り裂いたのに、空が見えない


異界か結界ごと斬ったはずだったのに、どれだけの死霊がこのレギオンには入っているんだ!!?

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