第469話 ベルトの行方


なんとか俺からの挑戦を受けてもらえた


山田というボクサーは装備を外し、靴を履き替えてくれた


流石に金属製のシューズで踏まれるのはまずい


俺の渡した新品でまだ握りにくいグローブ、自分でつけた薄いテープ



―――条件は同じのはずだ



シャドーで体を温め、お互いアンダーシャツで戦うことになった


馬鹿なことになったと思う、だけど滾る血が抑えられなかった


ここで挑まずに逃げたら俺は負け犬だ



審判は・・・ここで働いているアビゲイル、ボクシングのプロライセンスを持っている元軍人だ


彼女は女性にしては背も高い、ランディが審判をするかと思ったがよく考えてみれば魔力とかいうミステリアスパワーの人間を止める事ができるのは同じ力を使える人だけだろう



ランディはセコンドに付いてくれた


地面に線を引いたが、こんな喧嘩スタイルのボクシングは久しぶりだ


人の輪がリングとなっている



「正々堂々と戦うこと、反則行為は神に恥じる行為と知りなさい」



アビゲイルの言葉を聞きながら目を山田から離さない


山田からはまだ「本当に良いのか?」という気持ちが残っているようだ



「審判である私の言うことは聞くこと、判断は厳し目にする」



だからこそ俺は本気であると伝えるために、本気で来いとわかってもらうために目を逸らさず、真っ直ぐ向き合う



「グローブタッチ後にファイトスタート、OK?」


「OK」

「はい」



―――熱くなってきた


急な戦いだが受けてくれてよかった



「グローブタッチ・・・ファイッ!!」



あのまま帰ったらずっとモヤモヤしていただろう



グローブタッチをしてからは静かなものだった


相手も自分も様子見だ


土の具合を確かめるようにステップを刻んでまずはジャブで差し合い



俺のパンチは見えているようで、当たらない


相手のジャブは・・当たる


体を振って直撃は避けるが、今までのどんなボクサーよりもパワーもスピードもある



ただ、洗練はされてはいない



フットワークを活かして下がりながらも迎撃する


相手の方が速い、が、軽いパンチでも大げさに避けるしこちらのパンチは当たる


ムカつくことにダメージはなさそうだが



・・・ボクサーの動きではない、ブランクがあるのか?



男の動きはわかる、それでも身体能力に差がありすぎる


来るとわかってるパンチを避けられない



相手の動き、反射速度は桁違いだ



俺だけがゆっくり動いてるみたいだ



パァンッ!!!


「ぐっ」



相手は素人同然の経験者であるのにジャブも、ストレートも、俺よりも速い


クロスアームブロックで受けてなおこの衝撃


魔力、魔法の力か


俺だって何度も魔法の力は体験した


集中し、身体に巡らせるように、身体の中にある何かを動かしていく




―――――・・・効果は劇的なものであった




体が軽く、景色がゆっくりに感じてきた


極限の集中状態で感じられるような、時間の進みが自分だけ違うような感覚


だが、魔力というのは動かすのが難しく、今は敵がいる


構えと、ほんの僅かなフェイント、ワンインチほどのステップと体重移動


ただそれだけで相手は大きく下がった



俺の動きが見えている



だからこその反応だ


「地力が違う」「早々に終わらせる」とばかりにジャブ、フック、ボディとコンビネーションをしかけてきたがジャブとフックは避け、ボディはエルボーブロック、直後に左ストレートを当てた


俺の渾身の一撃だったがそれでもダメージは僅かだろう


肘が痺れるように痛む



なにか周りが盛り上がっている気がするが耳に入らない



ジャブをスウェーで避け、お返しに俺のフックを顎に当てる


明らかに入ったダメージ、後ろに2歩下がった男だが追わない


こちらも息を整えて集中したい



手加減はやめたとばかりの男が向かってくる



俺の変化に気がついたのかもしれない



・・・・・終わらせる気だ


同じコンビネーション、ワンツーパンチ、たまに思い出したかのように無理やりなフックをしてくる


経験者ではあるだろうが素人だ


いや、ボクサーとしては本当にブランクがあって錆びついてしまっているんだろうな


ただ威力はとんでもない、まともに直撃すれば終わる


魔力・・魔力のコントロールをしながら必死に避け、ガードしながら凌ぐ



バァンッ!!



ストレートをグラブで受けて大きな音がした


衝撃が貫通し、クラクラする



まだ慣れない、うまくいかない



ふっと力が抜けてしまって危うくまともに食らうところだった



一撃でも貰ったら気絶しそうな剛腕だ



こうか?



まるで巨人の一撃、だが洗練されていない


ただのジャブがグローブに石でも入ったかのような威力で、ただのストレートは骨の芯にまで響く



こうだな?



男をよく見てみてどう攻めたいのか、よく考え、集中し、予測する


こちらの被弾も増えてきて、自信を持っているであろうフィニッシュブローを放ってきた



ここだっ!!!



ボグゥッ!!!!



「ぐっ・・あっ・・・・」



ジャブ2発の後の右ストレート、何度も見た同じコース


ブランクのせいなのか、何度も練習したであろう身体に染み込んだコンビネーション


他に使える武器がなかったようだ


だから、最後の一発に合わせて、潜り込んで放った肝臓を狙った渾身の一撃


僅か一発だけだがちゃんと魔力を込めることの出来たフィニッシュブロー



肋骨を数本折った感触があった



体ごと少し浮いて、そのまま山田はうずくまって倒れた



「ドクター!!」


マウスピースを外してドクターを呼んだ


ここは洋介を呼んだほうが良かったか?



膝をついて動かない山田にアビゲイルは試合終了を宣告した


技術と経験の差、ギリギリだったが拍手が沸き起こった



「おぉおおおおおおおおお!!!」



思わず両手を上げて叫んでしまった


こんなに強い男に俺は勝てた!!



洋介に・・・・・最強に一歩は近付けたか?

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