第468話 ボクサーと聖騎士候補


ただでさえ暴力というのは直接的な威圧感があるもの


超人的な能力を目の当たりにし、その力を持った数百人の集団がこちらの言葉でこちらを見てくる


私達に暴力が振るわれる訳では無いとは分かっているが怖い



「すいませんが、世界チャンピオンであってもここにいるのは全員が魔力の操作もできる人間ですし」


「何だよ良いじゃねぇか」


「山田ー!お前昔はボクシングのライセンスとったって言ってただろー!!」


「煽るな!?」


「へぇ・・いいじゃないか、俺に勝てたらベルトはやるよ、どうだ!!」



山田はボブを止めようとしていたはずだが生唾を飲み込んだのがわかる


ボクシングをやっていた人間には世界チャンピオンのベルトは垂涎の一品だ


私だって柔道の金メダリストに同じように言われたら力の差が歴然であったとしても魅力的に感じてしまうだろうし、ましてや彼は戦士として力を持っている


本気で狙えるだけの力を持っているのならなおのこと魅力的に見えることだろう



「でも、魔力・・そう、魔力ありですよ?それにベルトも」


「魔力な!俺も今日体験したし良いじゃねぇか!・・それに俺は挑戦したいんだ、俺にはベルトなんざよりも挑戦することに価値がある」



さすが世界王者、かっこいいな


洋介くんと引き分けたボブだけど、それでも無敗で頂点まで上り詰めた


その立場に胡座をかかず、もっと強くなれるように努力し続けている



しかしここにリングはない


歩きながら足で線を引くボブ



「山田さんよ、俺はあの敗北からずぅっと鍛えてるんだ」



ボブの戦績に敗北は一度もない「あの敗北」というのは洋介くんとの試合だ


洋介くんの一撃は、リングのコーナーを破壊し、試合はお流れになった



「・・・聖下とのボクシングは引き分けでは?」


「あんなの負けでしかねぇだろ?俺の本気のパンチを、しかも当たる当たらねぇじゃねぇ、ノーガードで全部受けやがった」


「しかし聖下相手ですし」


「誰が相手でも関係ねぇんだわ、戦闘っていうのは何でもありなら銃が相手だって勝たなきゃならねぇ、だがそれは銃が強いんであって人の強さじゃねぇ」


「まぁ、そうですね」



「だからボクシングだ」



「・・・・・」


「誰が見たってわかりやすく、拳で殴り合う、面と向かって漢らしく、正々堂々一対一で」


「確かに、そうできれば良いものですが」


「ボクシングだって何オンスのグローブをつけろだのローブローは禁止だのとルールはある」



そうだな、ボクシングに限らず格闘技には大抵ルールがある


なんでもありにすると人間はすぐに壊れてしまうし重要な器官がだめになってしまう



鼓膜、眼球、鼻、歯、睾丸など、脆い部位がある



柔道をやっていた経験から狙われるとまずいのが胴着と見せかけて鎖骨のくぼみに親指を突っ込まれた場合と寝技における肛門を狙われた場合がまずい


鎖骨は胸の骨から腕を繋ぐ唯一の骨であり、可動域も広い大事な骨だ


しかし骨の中ではとても脆い、しかも鎖骨から片側への窪みは指を入れられることを想定していない


親指で押さえつけられると膝が崩れてしまうし、激しい崩し合いや身体が畳について体重がかかれば簡単に折れてしまうこともある



肛門もかなり危険だ


寝技で押さえつけたものをはねのけるのは至難の業だが例外がある


指先の力で肋骨の隙間や足のツボを壊す勢いで潰す方法もあるが最悪なのは肛門だ


友人は体格も良かったが質の悪い相手にやられて試合中に激しく血を流して救急車で運ばれてしまった


しかし、そもそもの柔道の反則とはなんだろうか?現代柔道では打撃が禁止とされているが柔術や剣術の時代には投げ、極めはもちろん武器や肘打ちが許される流派もあったはずだ


朽木倒しや諸手刈りという禁止技がある


それはタックルのように突っ込み、足を取って背中から落とす技だ


禁止されたのも頷ける


なぜならこれをやれば倒せるし簡単に有効になるが、ルールを逆手に取って技であるからだ


相手が打撃を使えない以上、無防備な頭を全面に出したって肘や膝などによる攻撃で一撃でのされることがないのだから



寝技で肛門を狙うのが卑怯と言うのは現代の話で、帯刀が許された時代であれば刃物での反撃もあったはずだし命のやり取りなのだから何も卑怯ではない



現代柔道の「一本」というのも変な話だ


空手のように「一撃が入っても効いていない」から「まだ続けられるから」と続行の判定もある


しかし柔道の場合は背中がつくように投げられたら「一本」、即座に反撃が可能であるにも関わらず「それまで」となる


人によって解釈が違うが寝技であれば「それだけの時間抑え込めるということは短刀などで止めを刺せる」としての判定で、投げであれば「一般的な相手を無力化出来るほどに素晴らしい投げを出来たか」という見解も出来る


ダメージ量ではなく、どれだけ背中をしっかり落とせたかを見る柔道はこういった面ではスポーツとしての側面が強く現れるだろう・・本番のための練習であるから武道であるというのもわかりはするがね



現代の武道とは何処までやるか、何をするかという問題があるのだ



―――だからこそボクシングは武道ではなくスポーツだという意見が昔からある



「だが、ボクシングは漢らしく、どっちが強いかを決めることが出来る戦い方だと俺は思ってる」



一対一で、自分も相手もルールを守って、その範囲でどちらが強いか決める


使って良いのは武器ではなく拳だけ



ある意味決闘だ


自分と敵と、それを裁定する審判だけのリング


なんでもありではないからこそ出来る、純粋さを求めた戦い


ある意味闘争からかけ離れているのにもかかわらず、純粋な闘いとなる


だからこそボクシングはキックボクシングや総合格闘技もある中でも輝かしく見えるのかもしれないな



「もしも、もしもだが、あんたが強いなら俺に勝ってベルトを持っていってくれ」



ボブは買ってきたマウスピースとグローブ、テーピングで準備している



「俺がすぐに取り返しに行くから大事に保管してくれよな」



リングとボクサー・・そして闘おうという闘志がここに揃った

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