第3話「獄中のエラルド王太子」
エラルド様は
「ところで今日はどんなお説教をされるのかな? お手柔らかに頼みますよシスターテレーズ」
もちろん
「今日はエラルド様のしたいお話をいたしましょう。何でもいいので今ご自分が一番興味をお持ちの話を仰って下さい」
「俺のしたい話ですか? したい話と言うより教えて頂きたい事でもいいですかね?」
「なんなりと」
「では……フレーリアという公爵令嬢が、いまどの様な境遇にあるかご存知ならお聞かせ願いたいです」
途端、私の涙は堪えるのを諦めて、止め処もなく溢れだしたのでした。
だってそうでしょ? この期に及んでまだご自分の事ではなく、私の心配をなさってくれているだなんて……私は自分の正体を明かしたい衝動を抑えるのに手一杯で、しばらく声を出す事も出来なかった。
「シスターテレーズ?」
エラルド様は黙ってしまった私を不審に思われたのだろう。私は鼻の詰まった声を絞り出して何とか取り繕おうとした。
果たしてその声は何とも無様であったのだけれど。
「よく存じておりますよ。フレーリア様はとある修道院にて、我々のお仲間になりましたわ。修道院長様にとても良くして頂いて、穏やかに過ごされているそうです」
「そうですか、修道女となって穏やかに」
「はい」
エラルド様はそれを聞いて、心から安堵なさったご様子だった。
「良かった。彼女は無事だったんだな……神にお仕えする道を選んだのなら、もう安心だ」
そして最後にぽつりと仰った「これでもう思い残す事はない」という一言で、とうとう私の顔面の
私はこれ以上ここにいたら、エラルド様に正体を告白してしまうだろう事を覚った。
それゆえ風邪気味を理由にして、「また後日参ります」と、その日は早々に獄舎を後にしたのだった。
その日から五日に一度、私は教誨を理由に獄舎へと行き、エラルド様にお会いした。
王宮ではそれを怪しむ者はいなかったようだ。実情は戦争でそれどころでは無いと言うところだろうが、王宮にもエラルド様に同情的な者がまだ多いというのも理由だと思う。
──そして半年が過ぎた。
「それでね、その少女は俺の目が見えないのをいい事に、いつも茶会での菓子を俺の皿から取って食べてしまうんだ」
「まあ、はしたない! 食い意地のはった女の子ですこと」
などと、エラルド様のお話に驚いてみせた私なのだが、その少女と言うのが実は私である事を知っているだけに冷や汗をかいた。
「れ、礼儀というものを
「はは、でも俺はそれが楽しかったんだよ。王太子の俺にも
エラルド様のお話は、その殆どが私との幼い日々の思い出ばかりだった。そんな話をしている時のエラルド様はとても幸せそうで、私に関する恥ずかしい記憶でさえ役に立つのならば、いっそもっと恥をかいておけばよかったと思う程だ。
たまに世情や戦争の話を私から振ってみても、あまり気乗りしないご様子で、いつも直ぐに会話が終わってしまった。
獄舎に来る様になってからの私は、衛士や兵士の方々とも仲良くなっていった。
始めはエラルド様に意地悪をする人を減らそうと、エラルド様のお人柄をお伝えする為にお話をしていただけだったのに。それがいつしか神の教えを聞きたがる人が増えて、今ではほとんどの方が
「今日はもうお帰りですか? シスターテレーズ」
そう言って私の元まで駆け寄って来た二人の衛士は、共に膝をついて私に祈りを捧げる姿勢を見せた。
「はい、また五日後に参りますわ」
するとおずおずという風にその二人の衛士は、「もし宜しければ、今日も少しだけ経典を読んでは頂けませんでしょうか?」と、私に乞うてくる。
そんな彼らに快諾してみせると、あっという間に仲間を呼んできて、そこには小さな野外礼拝所が出来上がるのだった。
ある日のこと、いつも通りにエラルド様とお話しをしての帰り際、「あ、そうだ、シスターテレーズ」と言ってエラルド様が私を呼び止めた。
その時のエラルド様が何だかとても真面目なご様子だったものだから、私は訳もなく緊張していまう。
「はい、なんでしょう?」
そう平静を装って返事をした私に、エラルド様は深々と頭をお下げになられたのだった。
「長い間この牢獄での
「えっ!? それは一体どういう?」
私はあまりにも突然に意外な事を申されたエラルド様に驚いて、素頓狂な声を出してしまった。
そんな私に比べてエラルド様は冷静な態度を崩そうとはしない。
「この戦争は近々終わると思う、我が国の敗戦という結末でね。その際に隣国との講和の手土産として、戦争責任者の首が求められるんだよ。馬鹿げているけれど、そういう慣わしなので仕方がない」
「それって……まさかッ!」
「うん、この首が必要になるんだ」
そう言ってエラルド様はご自分の首に手刀を当てて、苦笑いをされた。
私は一瞬で血の気が引いてしまい、目の前が真っ暗になる。そしてそのまま気を失ってしまったのだった。
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