第6話



 6話



「そうだ。教えてやるからよ。少し踊ってみねぇか?」


 それじはおじさんからある程度ロックの事を聞いた時だった。話は長いけど、結構面白い事を話してくれるので、つきっきりで聞いていた。・・・ダンスの事には興味があったから、聞きたかったし。


 そんな時、なぜか初めてダンスをやった時のことになりな・・・そのままこの話につながった。


「ほら、難しい事をしろって言う訳じゃない。曲を流すから、坊主がここだ!と思ったところでダウンをすればいいだけだ。」

「?ダウンをするだけですか。」


 ダウンをするだけだと、それはダンスだと言えるのだろうか?・・いや、踊ってみないか?って言われたから、初心者の無様な即興が見たい人なのかと思ったけど。


「ただし!ダウンをするのは一回だけだ。お前の気持ちがここだ!と言う時に全身を崩すようにダウンをしろ。」


 はあ?本当に何をしたいんだ?

 ダウンをするまではリズムが分かっているのか?とか、そういうことを確かめるためだと納得したけど。・・・なんで一回だけなんだよ。


「・・・あ~。坊主にとっての曲の価値観を知りたいんだ。まあ、やってみろ。・・・ほら。」


 ・・・しょうがない。もう曲は流そうとしてるし無茶ぶりだけどやってみるか。


 俺はその雑音が激しいクラブの中で流された曲にだけ集中できるように、邪魔になりそうな持っていた物を一旦床に置き、その曲だけに集中する。・・・その曲は俺が聞いたことが無い曲だ。


 初めて聞くからどのような曲なのか分からなくて・・・無様な結果を晒しそうで、正直足が竦む。


 こんな経験なかったし、それに失敗はしたくない。・・・何が失敗なのか分からないのがまたそれを助長する。


「落ち着け。ただ音に従えばいい。」


 ・・・音に。

 おじさんがくれたその助言は、どこか手掛かりになるような気がして安心するような。・・・さらに潜ったような。


 何も分からない。何も知らない。そんな曲でもリズムは有って、そのリズムにそって曲が出来ている。・・・その事が頭に浮かんだとき・・その時にはもう体でリズムを取っていた。・・もしかしたら、この動作がダウンと取られるかも知れないが。


 俺がダウンじゃないと言ったらダウンじゃない。・・そう思い無理やり納得して、続ける。


 全身でリズムを刻んでいると、なぜかさっきは感じなかった感覚が出てきた。音楽について何か分かったんか。・・その短期間で自分の中の価値観が構成されたのか。


 それは不思議な感覚で、全身と曲が繋がっている感じで教えてくれるような感じがしている。俺がまだ表現方法が無いからか、もどかしい感じになっているが・・・曲がてとり足取りひとつづつ教えてくれて。


 なぜか、その瞬間「ここだ。」と頭と体が、そして曲が教えてくれた。


「・・・いいじゃねぇか。」


 俺自身なぜか凄く納得している。自然に動いたと言うか・・・元々知っていたように、動けたから。


「明日17時くらいにここのスタジオにこい。教えてやる。」


 それは酒が入っていない・・・ダンスの時の顔であった。酒に酔って、適当に言っているわけではなく、ちゃんと大人として言っているようであった。


 ・・・さっき、名刺を貰ったけどあの時は酒をがぶがぶ飲んでいたみたいだから・・・電話をしても良いのかと、ちょっと疑問を抱いていたけど、この言葉は信用して良さそうだ。


 それに、場所も・・・電車で行ける範囲だし、それに今は夏休みだから時間は空いている。


「ありがとうございます!・・あ、何か買った方が良い物は有りますか?」

「あ~ダンスは未経験なんだもんな。・・・大丈夫だ、こっちで適当に用意しておくから心配しないでこい。」


 よかった。もし、シューズとか洋服とか必要なものを買わなければ行けないなら・・・親にお願いしなきゃいけないから。そうすると、明日には間に合わないだろうし。・・・。。


「だから、もう少し話を聞いて行け。」


 あ、酒飲みに捕まった。さっきのカッコいいおじさんは一瞬で居なくなり、もう顔は真っ赤ででろでろである。・・・不安になって来るよな。こんな様子を見ると。



 ■


 おじさん


 それはあの親子の言い合いを終わらせるきっかけを作った坊主の事だ。・・・それはたまたまであった。


 その日は仕事が入っていなくて暇と一言で片づけることが出来る様な一日。そのはずだった。一本の電話がかかってきたんだ。・・・その電話の相手は俺の事を良く知っていて、一緒にダンスショーなんかに出た事もある。


 そんな中の友人からの電話は結構驚く物であった。・・・元チームメンバーで今は子持ちの父親である「ひろ」の事であった。なんでも、溺愛している娘をダンスなんていう野蛮な業界に入れたくないから、ダンスを遠ざけていたみたいだが。


 その娘がダンスにハマってしまったみたいで。

 ダンスを続けたい娘と、やめさせたいひろの対立図が出来ていたみたいだ。・・・それ自体は結構前から知っていたのだが、


 その結果が今日出るかも知れないと言う事なのだ。それもダンスを続けれると言う選択肢を残して。


 てっきり、ひろが大人の力を使って無理やりやめさせるのかと思っていたのだが・・・嫌われるのがいやらしく、それは出来なかったみたいなのだ。


 じゃあ、なんで結果が出そうになっているのか?


 とある人が仲介に入って、いい感じに纏めてくれたらしいのだ。・・ただ、そのまとめた結果は、娘たちのダンスをひろに見せて、続けさせる事を了承させるという、無茶ぶりも程があるほどの事であった。


 だって、そんな条件だとひろに選択権が合って、ダメだと言ったら絶対に覆らなくなる。・・・でも、それはそれでいいのかも知れない。親が決める事だから。


 でも!!

 その不利な事を承知で、あの娘は了承したのだ。そんなの気になるに決まっている。それほど自分のダンスに自身を持っていると言う事なのだから。


「OK。すぐ行く。」


 元チームメイトの事なのだ。二つ返事で返し、その足を動かし始めた。


 ☆


「おう!着てやったぞ!」


 そこは約束していた場所。・・・俺が初めてダンスバトルをやった場所でもある。あの時は楽しかった、何のしがらみもなく後のことも考えずに、ぶっ倒れるまでダンスして・・・常にダンスの事しか考えていなかった。


「良く来たな!忙しいって聞いていたから来れないと思っていたぞ。」

「まあ、今日はたまたま時間があったんだよ。・・・久しぶりの休日だからゆっくりしようと思っていたけどな。」

「そうか!まあ、今日は思う存分飲んでいけ昔みたいな。」


 昔と称してしまうくらい奥底になってしまった記憶。

 俺にとっては大切な物であるが、いま。この立場になって・・・なってしまった事で思い出そうともしていなかった。そんな時間はなかった。


 ただ、今日くらいは昔に戻っていたい。

 そう思ってここに足を進めていた。そんな・・・エモい事も有るかもしれない。


「久しぶりだな。酒は。」

「そうなのか?昔はあんなに飲んでいたのに・・・お前も大人になったな。」

「こんな立場になっちまったらな・・・昔みたいに。。。自由に動けないんだよ。」


 ストリートダンスソロ部門世界王者 武蔵 ムサシ コウ

 この世界で一番ストリートダンスが上手い。そんな称号を背負っている。・・・この称号がどれ程重い物か。


 今なら良く分かる。・・・ここに戻って来るのに数年かかったのだから。


「そうか~。・・・おい、お前ら!晃が帰ってきたぞ!盛大なおもてなしをしろよ!」

「おいおい、今回は俺のもてなし会じゃないだろ。」


 そうは言ったものの、ここの人たちは俺を待っていたんだなと。心から、感謝してしまう。ここでは素直で居たいと。


「え、晃さん着たの!早く言ってよ!」


 そこに居たのは今日の為にがんばって準備をしていたであろう、仁美であった。あんなに小さかったのに店番が出来るほど大きく成っている。


「・・・酒はあるか。」

「はぁ。・・・いつものでいい?」


 思わず涙が出てきてしまいそうになる。・・・その瞬間だけ、数年前に戻ったかのように。







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