第38話

「どうしたんですか」


 キャビン氏は唐突に何か考え出した私に気付いたのだろう、声を掛けてきた。


「気になることがあるんですか」

「気になる――ええ、少し……」

「まあ、そう考えるのを急くことはないさ」


 お祖父様は私の方に寄って、ぽんぽんと肩を叩いた。


「ともかく今日はせっかくお前も戻ってきたことだし、祝いだ。無論皆も居て欲しい」



 うーん、と私はその晩、窓際で大きく伸びをした。

 屋根裏の方が空は近かった気がする。

 フランス窓が大きく取られていたとしても、天井が高かったとしても、やはり慣れないことには変わりない。

 ついでに言うなら、滅多に食べられない御馳走と、もう大人だろう、とお祖父様にすすめられたカクテルのせいでどこかふわふわとしていた。


「起きてる?」


 ノックの音と共に、ミュゼットが声をかけてきた。


「起きてるわ。どうぞ」


 彼女は借りた寝間着とガウンを身につけつつも、私同様、今一つしっくり来ない様だった。

 二人して窓際に椅子を寄せ、壁の向こうの月を眺める。


「一緒に月を見るのも久しぶりね」

「本当。二年ぶり。それにしても大きな家よね。ここのメイド達のこと考えると、私達を育ててくれたあのひと達は、たぶんここだと居づらいかな、と思わなくもないわ」


 ミュゼットはきっぱりと言う。


「そうなのよね。でも、この先、父がどうなるかによって、あのひと達の行き先もどうなるか、だし…… 私にとっては、本当に八つの頃から私を育ててくれた家族なのよね。だから一緒に住みたいという気持ちもあるんだけど」

「でも子爵は、貴女に婿を取らせてここの跡取りにしたいんでしょ?」

「うーん…… 私よりフレデリック伯父様が継げばいいと思うのよね。せっかく戻っていらしたんだし」

「仲直りできたのかしら」

「どうかな。伯父様は向こうの暮らしも好きそうだったし……」

「子爵が一番気に入らなかったのは、たぶん奥様だったんじゃないのかしら。だったらサウルだけが残った今なら」 

「そこはまあ、伯父様の意見次第よね」


 ふう、と私達は顔を見合わせ、くす、と笑う。


「そう言えば、マルティーヌにも会いたいわ」

「マルティーヌね。貴女がこだわりの無いひとに育ったのは、あのひとのおかげだと私は思う」

「そう?」

「あのひとが八年、貴女を育てたんでしょ、母代わりで。何か二年間一緒に居て思った。貴女と似てる」

「似てる……」

「育ててくれた人って大きいわよね。それを思うと、私達の弟はどうなるのか、とは思うんだけど」


 ミュゼットは月明かりにも複雑な表情になる。


「でもその一方で、あの子はどうでもいいと思ってしまう私も居るのよね」

「残念ながら、私も」


 あの時遊んでいた子供は、どうしても父と血がつながってるとしても弟という気分にはなれなかった。

 メイドとしての「坊ちゃん」でしかなかったのだ。


「だったら、連れていってもいいでしょうか?」


 艶やかな声が頭上から下りてきた。

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