第30話
何だろう。
乳母は出ていったのか解雇されたのか……
ともかく弟の世話をする人が居ないと困るのではないか?
夫人はペットの彼を連れて最近は本当に夜会に出まくりだし……
ヒュームを通して、父には言わないとまずいのではなかろうか。
家の中のことで私達は手一杯だ。
乳母の役割まではできない。
しかも正直、私達は弟に関してはほとんど今までタッチしていない。
どう育てられてきたかも判らない。
一体彼女はどうしようとしているのだろうか。
*
そう言っているうちに、早くもフレデリック伯父からの返信が来た。
これが何と速達だった。
「手紙をありがとう。
君が今そんな扱いを受けているとは知らなかった。
父子爵の復権の折りにはそちらに戻る。
ところで一つ頼みがある。
唐突で申し訳ないんだが、男爵の手の甲に傷跡が無いか、見てもらえないだろうか。
そして電報を打って欲しい。
左手の甲だ。
小指側から親指にかけて、ざっくりと切った様な跡があるのか、それだけでいいから、教えて欲しい」
短いが、何処か酷く切実なものを感じた。
私は見たことが無い。
父はいつも私達の前に出る時には既に手袋をしているからだ。
「そういえば旦那様はいつも手袋をしてらっしゃいますねえ」
ヒュームはそう言った。
「食事の時も?」
「その時は取るのですが、どちらの手にも何でも、昔怪我をしたことがあるので、指抜きをした薄手の手袋を常にしておりますな」
「その下を見たことがある?」
「……一体どうしたんですかアリサお嬢さん」
さすがにヒュームも私の剣幕に驚いた様だ。
先日憎しみとかは無い、と言ったばかりなのにこの対応は、と。
「フレデリック伯父様からの返事で、急ぎ知らせて欲しい、ってあったの。しかもこれこれこういう形状の、って。それって何か心当たりがある様な気がしないかしら」
「確かに。……旦那様の着替えを手伝っているのは――」
「あ、それは駄目です。旦那様は着替えをどうしても自分でしたいと言って。風呂もできるだけ一人でのんびりしたいと呼ぶまでは近づかせてくれないんですよ」
ハルバートは言った。
他の家ではメイドが下着等の用意や風呂の後のタオル等用意するかもしれないが、この家では違うらしい。
「人員が少ないからじゃないの?」
「いや、旦那様はどうも自分の裸を人に見せること自体があまり好きではないみたいなんだよな。ヒュームさん見たことがありますかね」
「いいや、私もありませんねえ」
「最古参のヒュームさんですらこうだもの」
「手袋というのは案外出る時に渡すものなのですがねえ」
その辺りは普段から変わっているな、とは思っていたらしい。
「薄手の指無し、ってどのくらい薄いのかしら」
「失礼にならない程度、ということだからかなり薄いですよ」
「じゃあ、今度左手に水をこぼしてもらえないかしら。ヒューム出なくとも、誰でもいいんだけど、ともかく今、男爵の左手にこの位置に……」
つ、と手の甲に指を滑らせた。
「傷跡があるか知りたいの」
了解した、と皆うなづいた。
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