第6話

「でもそうすると、何故ここの先代様は現在の旦那様に何も言わないんでしょう?」


 ふと使用人達の中から疑問が湧いた。

 確かに、私にとってのお祖父様お祖母様というのは、あくまで母方なのだ。

 父方の親戚のことはさして気にしたことがなかった。

 ここの最古参は執事のヒュームとコック長のドロイテだが、どちらも先代の記憶は薄いのだという。


「自分達は何だかんだ言って、この屋敷に旦那様が入った時に最初に揃えられた使用人ですからねえ」


 ヒュームは銀磨きの手伝いをしながら当時のことを語る。

 彼の地位にあれば、既にすることもない作業だろうに。

 時々思い出した様にしたくなるのだという。


「そうそう。私も当時よくコック長待遇で雇ってもらえた、と今になってみれば思うよ」


 ドロイテはじゃがいもの皮を剝きつつ話す。


「まだ若かったし。そりゃあ、腕はそこそこあったとは思うがさ、料理人募集、とあってすぐにコック長? と思ったね」

「と言うことは、誰も父のそれ以前を知らないってことかしら」


 私はぼそっとつぶやいた。


「そう言えばそうですね」

「だねえ」


 ヒュームとドロイテは顔を見合わせた。



 そう思ってしまうと、そもそものこの男爵家自体がどういう経緯で今ここにあるのか気になった。

 内部では知る者が居ない、ということで私はミュゼットにその辺りを調べてもらえないか、と頼んだ。

 彼女の動きは速かった。

 まずはお祖父様のところへ直接出向いたそうだ。


「貴女のお母様を嫁がせた時点で、子爵様がご存じだったのは『新進気鋭の実業家』という点だったそうです。

 成り上がり、という声も無論多く、社交界では無視されている方だったそうです。

 ですが、身体の弱い子爵令嬢――貴女のお母様ですね――と、昼間のお茶会で出会った時に接近してきたのだそうです。

 夜会に参加しない、身体の弱い令嬢はたまに出るとしたら昼間のお茶会くらいだったそうです。

 人混みが嫌いだったそうで。そこで男爵と出会ったそうです」


 そうなのか、と私は自分の知らない母の姿を見る思いがした。


「おそらく子爵様も貴女にその辺りをじっくり話したいのでしょうが、会えなくなった頃はまだ貴女が小さかったから、ということです。今だったら夜を徹してでも話したい、とのことでした」


 是非そうしたいものだ。


「そして令嬢の方が男爵を好きになってしまったということで。

 子爵としては、結婚できるかどうか、と悩んでいた矢先でしたので、娘の思いを優先させた、とのことです。

 その時一応男爵の側の身辺調査をしたということなのですが」


 私は手紙にぐっ、と目を近づけた。


「どうにもこの辺りがあやふやなのだと子爵様もおっしゃいます。

 と言うのも、男爵は自身の物心ついた時には親は居なかった、自分は親戚と使用人の手で育てられた、というのですが、ではその親戚は今何処に居るのか、というと、インドだのアメリカだの、ともかく遠方なのだそうです。

 ではそれを確認したか、というと、娘の身体のことを思うと早く結婚させたい、という思いが先に立ち、その辺りを怠ってしまった、とのことです。

 子爵様はちょうどその頃、収賄の関係でもごたごたしていたので、曖昧になってしまったのかもしれません」

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