Op.1-7 – After School
鶴見高校の6限目を終えた放課後、光と明里のクラスでは再びクラス合唱に関する話し合いが行われており、学級委員長の佐々木と副委員長の明里は前に立って進行を担っている。
「はいはい、歌いたい曲がある人は意見どうぞ〜。ちなみに"大地讃頌"は23R、"手紙"は24R、"YELL"は28Rに取られとるけん、選べんよ〜」
文化祭でのクラス合唱では各クラス自由に選曲し、それを発表する。選ばれる楽曲はクラスによって様々で『大地讃頌』といった中高生の合唱曲として定番であるものや若者の間で話題となっているポップス曲などそれぞれのクラスの色が反映される。
鶴見高校は一学年8クラスで構成され、クラス名はRと表記して「ルーム」と呼称される。例えば光のクラスは2年5組であるため、『25
各クラスの委員長は選曲が被らないように決まった楽曲の情報は都度共有している。
「やっぱ、よく歌われるような合唱曲より最近の人気な曲の方がやりたくない?」
クラスで中心的役割を果たしている数名の生徒たちが意見を述べる。
「てか西野、本当に弾けるんー?」
伴奏者として既に決まっている西野に数名の男子が尋ねる。
「俺に弾けんのは無いって〜」
「お前本当かいな〜」
西野はお調子者の性格で、彼も25R内ではよく騒いでいる生徒たちの中の1人である。いじってくる男子生徒数名に対して西野は「弾けるわ!」と言いながら笑顔でじゃれ合っている。
「あ、でも結城さんもピアノ弾けるんやなかった?」
少しクラスが
「(まずいな……)」
中野の言葉を聞いた瞬間に明里は慌てて光の方を向く。明里は光がクラスであまり目立ちたくないと思っていて、こうして無理やり自分に注目が集められるのを一番に嫌っていることを理解しているのだ。
だからこそ今朝の登校中に勝手知ったる明里と2人だけとはいえ、ピアノとベースのデュオで文化祭オーディションに参加することを承諾したことに驚きを隠せず、明里はいつも以上に舞い上がっていたのだ。
「(あのアホ……)」
更に明里は中野とその周りの男子の表情を見て呆れる。
光は普段、クラスの中心に干渉せず、自分の世界に閉じこもっていることが多い。しかし、その可愛らしい容姿から彼女に好意や憧れを寄せる生徒は男女問わず幾人も存在する。
多くの生徒は積極的に話しかけて「あわ良くばお近付きになりたい」と言って適当な話題を見つけては光に振るのだ。
中野は同じ中学の卒業生で、彼が光と同じクラスになった2年生の頃から好意を寄せていることは周知の事実である。中野の周りにいる友人たちの様子から恐らくは「話すチャンスだぞ」とでも言われて乗せられたのだろう。
––––私、うるさい人のこと嫌い
明里はしつこく中野に「自分のことを光はどう思ってるのか聞いてくれ」と頼まれていた。具体的な名前は伏せつつ、中野の特徴に沿ったタイプについてどう思うか光に尋ねた時の返答がこの言葉である。
クラス内でよく騒いでいる中野、そして大勢の注目を集めるという光が嫌うシチュエーション。
物静かに見えて光はその天然さ故にハッキリと言葉を告げるため、明里は内心ヒヤヒヤと焦りを抱いたのだ。
光はハッとした表情を一瞬浮かべた後に中野の方を向いてゆっくりと答える。
「うん、弾けるよ」
光の答えに対して「え? そうなん?」と数名の生徒たちが話している。
「(これ以上何も言うな……引き下がれ〜中野)」
「え、じゃあ西野より結城さん弾きゃ良いやん」
明里の祈り虚しく、中野は光に告げる。
「(あんのアホ……! 光、余計なこと言うな〜! 『忙しい』とか適当なこと言って逃げろ〜)」
光が困惑しているのを感じ取った明里は自分が間に入ろうと決心した瞬間、光が口を開いた。
「ううん。この間、西野くんが立候補してくれて伴奏は決まったやん? ここで変えちゃうのは西野くんにも失礼よ? それに私、去年バンドオーディションで落ちたりしとるけん、そんなに上手に弾けんよ。西野くんのが上手だと思う」
光は中野、及びクラスの生徒たちに優しく告げると明里の方を向いて少し困ったように笑った。
「はいはい、結城さんの言う通り金曜に西野が伴奏って決まったろ? 文句言うな〜、中野〜」
言われた中野は「悪ィ、悪ィ」と反省の色の見られない謝罪をする。
「んで、曲はどうするん?」
佐々木がクラス全体に向けて尋ねる。
「じゃあ、歌いたいなって曲、周りと話し合って。その後に発表してもらおっかな。板書していって最後は多数決やね」
明里が提案し、数分間の話し合いの時間が設けられた。
#####
「はーい、じゃあ自由曲はCO2の『想い出』に決定で!」
話し合いの後に挙げられた4曲の内から多数決でCO2というグループの『想い出』という楽曲に決まった。
「この曲って割りかし最近の曲やけど楽譜ってあると?」
1人の生徒が尋ねる。
「分からん、ネットで探してみらんとやね」
自由曲はその選曲によっては譜面が出版されていないことがある。その場合には曲を変更するか、音源を聴いて自分たちで譜面に起こして更に合唱用にアレンジすることが求められる。
「無いっぽいよ」
光の前の席に座っている
「あー、そうなると曲を変えるか、耳コピするかやねー」
明里がそう告げた後に光の方を向くも、光は校庭の方を眺めている。明里は「しょうがないな」といった具合に軽く溜め息をついて西野の方を向く。
「西野〜、お前大丈夫かー?」
中野たちを中心にして男子たちがふざけた様子で西野に尋ねる。
「そ……そんなん出来るわっ! 俺がやったる」
西野は中野たちの方を向きながら大声で答える。
「西野、頼んで良いと?」
「おう、任しとき」
明里の問いかけに対して西野は即答する。
「じゃあ、本番まで1ヶ月くらいやけん、まぁ練習は1週間ちょっとあれば大丈夫やろ? 耳コピと合唱用にアレンジするの大変やろうけん来月頭までにはよろしく〜」
佐々木はそう言って放課後の話し合いを終了させた。
一方で話し合いが終わったのを察知した光は帰宅の準備を開始した。
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