七話 灯火のある場所
――舟洞
「浩二郎さまは、大学予科の学生でした。深夜に、浩二郎さまの住まいだった下宿館から火が出て……浩二郎さま以外の方は無事でした。浩二郎さまだけが……見つかりませんでした」
舟洞
無地の表紙の左上に『万葉集』と縦書きで記されている。
彼女は愛おしそうに――そこに挟んだ写真を取り出した。
学生帽を被り、詰襟の白シャツに黒っぽい小袖を着た少年の白黒写真だ。
自分と大差ない年齢に見える。
口を真一文字に結んでいるが、明るい眼差しから、陽気な性格が伺える。
これがコスプレ写真でなければ、ずっと昔の男子学生であることは間違いない。
「この方が浩二郎さん……?」
「……十七歳になったばかりでした……」
舟洞
「私は、浩二郎さまが生きていると信じています。ご遺体が見つからなかったのですから、どこかできっと……」
「……そうですね」
宝物の扱いで、写真をそっと書物に挟む。
その白い指は、とても細くて――
いつしか、道端にはガス灯が並んでいる。
修学旅行先の小樽で見たことがあるが、それとは違う。
石灯籠の上に、ランプシェードが乗った変わった形だ。
コソッと体を捻って『ガス灯』を検索してみようとしたが――止めた。
ここが『異界』であることは、疑いの余地がない。
こんな所まで、電波が届いている筈がない。
前方の車夫の編笠、ガス灯、舟洞
そして、婚約者の服装。
百年前にタイムスリップしたとしても、驚かない。
大家の方丈凛々子は、「初心者向けの依頼だ」と言ったので引き受けた。
なのに、いきなり『異界』に飛ばされるとは難儀なことだ、と苦笑いする。
だが、不思議と後悔はない。
馬車の揺れは心地良く、まるで心音と一体化したように動いている――。
「……着きましたわ」
舟洞
すると、馬車の前に鉄格子の門が現れた。
蔦が絡みついた門で、それは自然と左右に開く。
薄い雲の端は紫がかっていて、絵画のように美しい夕空だ。
舗装されていない道は広く、左右には草原が広がっている。
トンボが飛び、カラスの群れが山に帰って行く。
童謡の『赤とんぼ』や『七つの子』を思い起こさせる情景だ。
その先には、洋館が見える。
平屋だが天井は高そうで、三角を描く屋根は瓦ぶきだ。
いくつかの棟が渡り廊下で繋がっているらしい。
馬車は、大きな棟の玄関前で停まった。
玄関上部には『院療医』の木製看板が掲げられている。
(ああ……昔だから、右から読むのか)
馬車の右側にはステップがないが、五十センチ程度の高さなので平気だ。
反対側に回り、再び舟洞
彼女は、もう泣いてはいなかった。
二人が降りると、馬車はすみやかに去った。
先ほどと同じように、カラスの群れが山に向かっている。
まるで、映像をリピートしているかのように――。
舟洞
「私、勤め先の病院の院長さまに、凛々子さの長屋を紹介されましたの」
「……ああ、
「院長さまは、凛々子さまのお父上なのです。そして凛々子さまに、この療養所で働かないかと誘われました。今では、ここで過ごす時間が生きがいです」
その時、玄関の戸が開いた。
中から、三人の着物姿の子どもが走り来た。
「
「あたし、『ねずみの嫁入り』がいい!」
「ぼくは『桃太郎』!」
「はいはい。お着換えが済むまで待っててね」
舟洞
その温かな様子に当てられ――
人付き合いが苦手なのに何てことを――と後悔したが遅い。
子どもたちが、
――続く。
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