『不吉の予兆』

 数日振りに帰ってきたあのクソ親父から逃げるように転移した場所は数日前、王女にクラスごと召喚されたあの場所。

 橋田に滅茶苦茶になるまで壊された壁ももう直っていて、外の景色は見えない。


「転移の勇者様。お待ちしておりました」


 執事服を着た男が頭を下げる。――今、俺がここに転移したのは気まぐれだ。まさか……いつ俺がここに転移しても良いようにずっと待ってたとか?

 執事服の男が眉を顰めながらリースを少し見て、何か考え込むように目を瞑る。


「……とりあえず、王女様に会っていただきたく」


 執事服の男の後を歩いているとリースがちょんと俺の服の裾を摘まみながら耳元で


「疑っていた訳じゃないですけど、ソラ様って本当に勇者様なんですね」


 と小声で話しかけてくる。

 案外、実際に異世界に転移するよりも王城を歩く方が勇者っぽいのだろうか?

 そんな事を考えていると、デカい扉の前に着く。


「ソラ様。その……付き人の方は」


「解りました。ではこちらで待たせていただきます」


 執事の言葉に、リースが頷き少し横に捌ける。

 リースが王女と会うのは駄目なのだろうか? ……まあ、中世レベルの封建政治ならそう言う事もあるか。

 特段気にすることなく扉を開け、入る。


 入るや否や、金髪碧眼の美少女が天真爛漫っぽく表情を綻ばせ、俺に駆け寄ってくる。転移したあの日は圧倒的に思えたリモーナの美貌は、リースに匹敵している。

 

「お待ちしておりました、転移の勇者――ソラ様。今日は異世界の商品を売りに?」


「いや、それは三日前にやったばかりなので――。今回は少々この王城で勇者としての暮らしを体験してみようと思いまして」


「そ、ソラ様……ッ!」


 リモーナは碧の瞳を潤ませ、感激したような表情を作ってから感極まった演技をして俺に抱き着く。大き目な胸がちゃんと俺に押し付けられる。

 リースで童貞を卒業してなければコロッと騙されそうな破壊力があった。


「私、感激ですッ。ソラ様は星7のスキルを持つ真の勇者様。にも拘わらず訓練に参加せず、それどころか最後に私に顔を合わせたのも三日前。私、ソラ様が魔王討伐をする気がないんじゃないかと不安に思っていました」


 いや、それに関しては未だにする気はさらさらない。


 如何に俺が星7のスキル持ちで真の勇者だったとしても、俺はこの国に対して義理も思い入れも特にない。そんな人たちの為に魔王討伐なんて危険は冒したくない。

 が、ここでそれを馬鹿正直に言っても面倒事になるだけだ。如何に転移があるとは言え、今日は家に帰りたくない事情がある以上波風を立てる必要はないだろう。


「俺は星7のスキルを持っている。その意味を理解できないほど愚かではないので」


「ソラ様……。ではとりあえず部屋に案内させてください。――ってなッ、なんでこんなところにハーフエルフがッ……汚らわしいッ! 今すぐ摘まみだしなさいッ!」


「いえ、その……」


「なに? 私の命令が聞けないって言うの? 死刑になりたいの!?」


 部屋を案内しようと王の間を出たリモーナは外で待っていたリースを見るや否や、癇癪を起こしだした。

 だがリースは俺のものだ。悪し様に罵られていい気はしない。


「王女様。……リースは俺の付き人なんですけど。彼女がいちゃダメなら俺は彼女と共に帰りますが」


「そ、ソラ様の……。し、失礼しました。……ハーフエルフは不吉の予兆でして、ソラ様を守ろうとつい熱くなってしまいました」


 どう見てもそう言う雰囲気ではなかったけど、リモーナは今のを『俺のため』と言う事で誤魔化しとおすらしい。

 初めて会った時から思ってたけど、やっぱ胡散臭いな、この王女。


 部屋に着くまで誰も喋らず、気まずい時間が流れた。


「こちらがソラ様のお部屋でございます」


 案内された部屋は王城の上層階にある広く煌びやかな部屋だった。こんな部屋が王城にいくつもあるわけがないので、恐らくスキルのランク等に応じて待遇の格付けが行われているであろうことが予想される。


「訓練は明日の朝八時からですので、よろしくお願いします」


 王女は頭を下げてから去って行った。ドアが閉められる。

 俺は内側から鍵を閉めた。


「リース。さっきのリモーナ王女のアレで気になったんだけど……ハーフエルフってこの世界じゃ差別の対象だったりするの?」


 リースは目を伏せながら、こくりと頷いた。

 俺はそんなリースの肩を抱き、リースごとベッドに転がり込む。こんなにいい部屋なのだからふかふかのベッドだと思ってたんだけど、転がり込んでみると思ったよりごわごわしている。


「……ソラ、様?」


 リースはその紅い瞳を震わせながら俺を不安げに見つめてくる。

 抱き寄せて見ると良い匂いがするし、柔らかい。


「俺はさ、この世界の事を全然知らないからどんな歴史があってどんな文化があるのかも解らない。でも、これだけははっきりと言える。リースは可愛い。可愛いから、リースの事は嫌いじゃない」


「可愛いなんてそんな……。ソラ様……」


 リースは俺の唇に唇を押し当て、舌を入れ込んできて濃厚なキスをしてくる。


「……この世界では、ハーフエルフは不吉の予兆とされています。共に生きれば不幸に見舞われ、幸福が逃げる、と」


 くだらない迷信だ。そう思った。それに――


「リースも見ただろ? 俺の親父。俺さ、この世界に召喚されて『転移』能力を得るまで、何の力もなくてさ。あの親父に毎日のように痛めつけられたし――それに、学校でも酷く虐められていた。不幸なんて今更だよ」


「ソラ様……私、ずっと言おうと思ってたんですけどッ――ソラ様は決してダメなんかじゃないですッ! 絶対服従になり、奴隷以下の存在となった私に、勿体ないくらい優しくしてくれました。

 綺麗な服を買っていただきましたし、生まれてから今まで食べたことないくらいに美味しいご飯も食べさせていただきました。その、夜の方もお上手ですし……まだ、長い付き合いがあるわけでもないですが、それでも……ソラ様が良い人だってことは解りますッ!!!」


 耳を赤くしながら、声を大きくしてリースが言ってくれる。


 リースは可愛いけど、王女と違ってあざとくない。それは或いはこの世界においてハーフエルフが被差別的存在で、あざとく生きても恵まれないと言う事情があるからなのかもしれない。

 リースの気の強さや思い込みの激しさも、この世界の環境が作り上げたのかもしれない。


 だけど、そんなリースの言葉だからこそ俺の心にはちゃんと届いた。


「この世界の迷信は知らないけど。少なくともリースは今、俺に幸せを運んできてくれたよ」


 俺はリースにさっきされたくらい濃厚なキスを返す。


 俺がリースと思う存分ずっこんばっこんしたことは言うまでもないだろう――

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