『新しいクラス』

 突然の怪奇現象によって半月板に画鋲が入り込み膝が砕け、クラスを締めていた石橋がいなくなったBクラスはそこそこ平和だった。


 唐突に顔面を殴られることはないし、一人で勉強しているところに教科書を取り上げられ、ビリビリに破かれた挙句罵詈雑言の落書きをされることもない。

 クラスメートたちは相変わらず授業を聞いておらず、教室が動物園かと錯覚するほどにうるさいものの、教師の胸倉を掴んで授業を辞めさせる橋田のような頭のおかしい生徒がいないお陰で辛うじて授業が執り行われている。


 何なら授業を真面目に聞いているのが俺だけなので、質問し放題だった。


 入学して一年と数か月。俺はようやく初めて高校に通っている気分だった。


「ねえ、伊藤。喉乾いたからジュース買って来てよ。伊藤の奢りでw」

「ってか、伊藤ん家生活保護受けてるし、伊藤のお金っつーか、寧ろうちらの税金返してもらってる、的な?w」


 純日本人顔のくせに黒人ラッパーみたいに髪を編み込んでいる、ガラの悪そうな――いつも石橋の腰巾着をやっている近衛 正義が乱暴に俺の机に手を突き、

 耳に痛々しいまでのピアスを開けている金髪に染めた胸だけはやたらと大きい、頭の悪そうなギャル、佐藤 林檎が俺の机に座りながら挑発的に抜かしてくる。


 近衛が手をついた衝撃で筆箱が落ち、佐藤が俺の参考書の上に座ったせいで多分くしゃくしゃになっている。

 授業中に絡んでこないだけ幾分かマシだが、気分が良いものではない。


「嫌だ。自分の飲み物くらい自分で買えばいいじゃん。それとも、君たち頭が悪すぎて自販機の使い方解らない?」


「あ゛? んだとてめェ。石橋さんいないからってチョーシこいてると俺が殺すぞ」


 近衛が俺の胸倉を掴み上げる。


 殺す、ね。例えば今机の上にある消しゴムに手を触れて、近衛の心臓に転移させればそれが実現するのだろうか?

 実際に誰かを直接殺したことはないものの、あの大男と果物屋の死を目の当たりにした俺は少なくとも近衛より『殺す』と言う意味を理解しているつもりだ。


 俺は消しゴムに手を触れながら、俺の胸倉を掴む近衛の手に転移させた。


「アギャッ、な、伊藤ッ! てめェ何をしたッ!!」


 今日は不思議なことがよく起こる日和だ。謎の怪奇現象によって画鋲が石橋の半月板に転移したように、近衛の手首関節に消しゴムが転移したっておかしくない。


「アンタッ、まさか石橋も……」


 佐藤が俺を睨みつけて来たので、にやッと笑ってやる。目を見開く佐藤はようやく理解したようだ。このクラスを締めていた石橋が倒れたのは偶然なのではなく、俺が意図的にやったのだと。


「伊藤ッ!!」


 佐藤は俺の机にあったシャーペンを手に取り、俺の目に突き刺そうとしてくる。俺は眼の前に転移ゲートを開き、目の前に見える佐藤の白い太ももの所に繋げた。

 容赦なく放たれたシャーペンの先端が、佐藤の太ももに突き刺さる。


「アギャァァァッ!!!」


 思いっきりシャーペンが太ももに刺さった佐藤はとても痛そうに蹲まろうとして、座っていた俺の机から転げ落ちた。とても高校生が履くものとは思えない、紐の大胆な下着が露出する。


「林檎ッ! 大丈夫!? ……ねえッ伊藤くん。林檎に何をしたの?」


 黒髪に紅いメッシュを入れた、これまた痛々しいピアスを付けた――同じクラスになったことがないので名前も知らない女の子が俺を睨みつけてくる。

 胸が大きいだけで顔がいまいちな佐藤とは対照的に、胸はそう大きくないが顔立ちは結構整っている。リースの10分の1くらいは可愛い。


「さぁ? 俺には佐藤さんがいきなり自分の太ももを刺したようにしか見えなかったけどねぇ?」


「しらを切って……。A組の連中がいなくなったのもどうせ伊藤がやったんでしょ? ……アンタ、虐められてたもんね。それでこんな陰湿な仕返し、みっともない」


 ……虐めなんて温い言葉で片づけて良いほどではない凄惨な暴行を受けたのは確かだが、だからと言って俺は防衛以外で暴力的な仕返しはしていない。

 本当は、俺はこの学校の連中全員殺しても飽き足らないくらいに酷い目に遭い続けて来たけど、それでも俺は耐えて耐えて耐え忍んで、誰も殺してない。


 A組のクラスメートがいないのは偶発的な異世界転移のせいで、その責任の所在は全てリモーナにあるし、異世界にいるクラスメートたちにした仕返しも精々がお菓子を暴利で売り付けるくらいだ。


 虐められていることを知ってるくせに助けようともせず、見殺しにして、剰え嘲笑したようなクズ女が――先に俺に攻撃仕掛けて来た石橋や近衛、佐藤に対して反撃した程度で、俺にそんな事を言ってくる。


 フラッシュバックするのは、歪んだ正義感を押し付けて来た婦警さんの記憶。


 俺を助けなかったくせに、俺を責めるだけのやつ。――この赤メッシュの女は、触れてはいけない俺の逆鱗に触れた。

 俺は拳を握りしめ、赤メッシュの女の顔面を殴りつける。


  ꎤ’ω’)-o)`3゜)ポカッ!


 普段からまともに鍛えていない、喧嘩慣れしていない俺のへなちょこパンチだ。

 不意打ちだったのでちゃんと当たったけど、大したダメージにはならない。それは俺も解っている。だが、それでも拳が――触れたのだ。


 俺の拳が赤メッシュの女に触れた瞬間、赤メッシュの女は一瞬消えて、そのまま2m先に現れる。突如変わった景色と俺のパンチによろけ倒れる。

 赤メッシュの女は全裸だった。制服と下着が俺の机の横にはらりと落ちた。


 俺の『転移』の応用技、服の中身だけ転移攻撃。一昨日、婦警さんを全裸で街中に放置することで彼女を破滅に追いやった必殺技だ。


「ハンッ、ムカついたからって女に暴力? ダサすぎ。身の程を……」


 生意気にも立ち上がり、更に俺を罵倒しようとしてきた赤メッシュの女。

 だが、すっぽんぽんの彼女に何を言われても最早滑稽でしかない。……って言うかそこそこ程度だと思われた胸は、パッドでも入れていたのか服を剥いでみるとものすごいぺったんこだし――


 裸体も芸術的に綺麗だったリースと比べるのは可哀そうだが、それでも彼女で童貞を卒業した俺では最早ピクリとも心動かない。


 だが、ちゃんと綺麗な女性の裸を見たことがないであろうB組の男たちは歓声を上げ、女子たちは嘲笑するようにひそひそと嗤う。

 その異様な様子と好奇な視線に、赤メッシュの女は初めて自分が服を着ていないことに気付いた。


「きゃぁぁぁッ、み、見んなッ! 見んなッ!!」


 赤メッシュの女は身体を隠しその場でしゃがみ込むように縮こまってしまう。


「あーあ。何いきなり全裸になってるの? 露出狂? キモいね」


「違うしッ! ってかアンタが何かしたんでしょ、伊藤ッ!」


「さぁ? 俺は君をちょっと殴っただけだからなぁ。服が脱げたのは君がよっぽど脱げやすい服でも来てたんじゃないの? って言うかこの程度で脱げる服を着てるなんてどう考えても露出狂じゃん」


「うっさいっ! そんなわけないッ! ってか、今すぐ服を返しなさいッ!!」


 赤メッシュの女が吠えるが、服はもうすでに俺の机の横にはなかった。


「お、俺この制服貰いッ!」

「俺はブラ貰おッ!」

「お、俺はパンツ……ちょっと嗅いでみよっ」

「あ、ズルいぞ、俺も嗅ぎたいッ」


「男子サイテー。キモすぎ」

「ってか、エリかわいそー。こんな場所で全裸になって、男子どもにパンツの匂い嗅がれて。私だったら自殺するかもw」


 男子たちがエリと言うらしい赤メッシュの女の服に群がり、臭いを嗅ぎ、女子からは嘲笑されている。


「って言うか、エリ。お前露出狂でこんなとこで脱ぐとか最早誘ってんだろ?」


 そんな空気の中、一人の男子がエリの所へ行って押し倒した。


「うわっ」


 Bクラスの連中が見る中で始まったブサ男×中の上絶壁クソ女の情事は見るに堪えなかったので、教室を出る。

 なんか今日の午後の授業は休みになったので俺は転移で家に帰った。

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