ドラゴン様の召使、竜使いを引退してギルドマスターになる。/電撃の新文芸より5月17日発売

相原あきら/電撃文庫・電撃の新文芸

プロローグ:勇者達の憂鬱

「なぜだ⁉ なぜ、ルルを追い出した⁉」

 半分廃墟と化した街並みに怒声が響く。ハーフブリッジの町は辛くも魔王軍を撃退したが傷跡は大きかった。

「あいつとあのドラゴンがいれば、この町は……もっと傷つく者も少なかったろうに……!」

 ひげ面のドワーフが歯軋りしながら呻いた。その手には焼け焦げた人形の残骸が握られている。その人形の持ち主は、たった今、教会へと運ばれていった。治療が間に合うかどうかは神のみぞ知る。

「落ち着いてください、ファルグリム。我々はドラゴン使いを追い出したりしていません。彼は自分から出て行ったのです」

 熱の無い声で若い魔術師が応える。目の前の惨状にも心動かされた様子はない。

「我々? 確かに私達はルルを追い出したりしてないね。追い出したのは、ノーウェア、あんた一人の独断だもんね!」

 獣の耳にふさふさした尻尾を生やした狐人の女性が、棘のある口調で言った。

 ノーウェアと呼ばれた若い魔術師は溜息を吐く。

「何度も申し上げたでしょう? 私は何も強制しておりません。私との話し合いの末、彼が自分で決めたのです。自分は勇者の仲間には相応しくないと判断し、迷惑をかけたくないと出て行った。ただそれだけの事」

「貴様は事ある毎にルルとそのドラゴンを邪険に扱っていただろうが! 貴様が追い出したも同然だ! その結果がこれだ!」

 ファルグリムと呼ばれたドワーフが、焼け焦げた人形をノーウェアに突きつける。

 ノーウェアはそれを丁寧な手つきで横へ除けた。

「よかったではないですか」

「なに⁉」

「我々は魔王軍の襲撃を追い払った。それもドラゴンの力なぞ借りず、我々自身の手でそれを成し遂げたのです。素晴らしい結果です」

「こんなにも傷つく人々を出しながらか⁉ この町を見ろ! あの美しきハーフブリッジはどこに行った⁉」

「だが、残っている。もし、あの邪なドラゴンがこの戦いに加わっていたら、ハーフブリッジの全てが焼き尽くされていたかもしれないのですよ」

「邪なドラゴンだと⁉」

 ドワーフが目を剥き、狐人も眉を顰める。

そんな反応にも魔術師ノーウェアは動じた風でもない。

「そもそも、邪悪なドラゴンを操るような者が勇者の仲間でいていいわけがないのです」

「あのドラゴンは、炎竜スルトは邪悪などではなかっただろうが!」

「そうでしょうか? 私はあの赤き邪竜が町や村に入るたびに何かを破壊するのではないか、誰かを踏み殺すのではないかと恐れていましたが。あの邪竜を見た人々の目をご覧になりましたか? 皆、怯えて震え上がっていましたよ」

「あの炎竜はそんな事はせん! 共に戦えばすぐにわかることだ」

「そうだね。ちょっと気難しくて無口だったけど、いい奴だったね。危ない時には庇ってくれたしさ」

 ドワーフと狐人がそう反論するも、魔術師はゆっくり首を横に振るばかり。

「これは極めて政治的な判断なのですよ。善良なドラゴンなどというものが存在していようとも、それを知らない人がドラゴンを見れば畏怖や恐怖に襲われる。なにせ、古王国の都がドラゴン共に焼き尽くされてから14、5年。この世に地獄をもたらした、あの邪悪な姿を覚えている者は多いのですから」

「あれは炎竜スルトがやったことではないだろうが」

「だが、やったのはスルトと同じドラゴンです。そんなドラゴンが勇者一行の中にいたら、勇者もまた邪竜の力を振るう恐ろしい対象と捉えられかねない。わかりますか? ドラゴン使いとドラゴンが仲間にいると、勇者の正当性が脅かされるのです」

「……そんな屁理屈でルルを追い出したのだな! スルトと共に!」

「ですから。私は強制していないと言っているでしょう?」

うんざりしたような溜息の後、ノーウェアは続ける。

「古王国人がドラゴン使いを仲間にしている勇者一行を見たらどのような感情を持つか。そのせいで勇者は古王国から協力を得られなくなるどころか敵対されるかもしれない。勇者と認めてもらえなくなるかもしれない。魔王軍の勢力は刻一刻と強まるのに、それに対抗する各王国や人々は勇者の名のもとに団結できず、敗北してしまうかもしれない。そのような懸念についてどう思うか、私はドラゴン使いに尋ねてみただけです」

「……あの子を追い詰めるような真似をしたんだね」

 狐人の目がすっと細くなった。

 魔術師の表情は変わらない。

「ドラゴン使いが自分で考え、自分で下した決断です。それを私や、あなた方が横からどうこう文句をつけるのはお門違いではないですか?」

「なんだと⁉」

「ドラゴン使いの意思を尊重しましょう。そう申しているのです」

「……しかし、これまで共に戦ってきた仲間を石を持って追い出すような真似……」

「それは御心配には及びません。あのドラゴン使いにはもっと彼に相応しい名誉と地位を用意しておきました。彼もそれで納得し、我ら勇者一行から外れることを望んだのです」

「相応しい名誉と地位、とは?」

「私の伝手で、とある地方の冒険者ギルドでギルドマスターを務めてもらうことにいたしました。そこで後進の冒険者達を育成し、来るべき魔王軍との決戦のために備えてもらうのです」

「ルルに冒険者達を鍛えさせる、と? ……あの子に新たなドラゴン使いでも育成させるのか? そんなことができるとは思えんが」

「彼がギルドマスターとして必要だと思うのならばそうするでしょう。政治的には極めて微妙な問題ですが、実際にドラゴンの力は魔王軍と戦うには有用ですから。彼等が勇者殿とは離れた地で魔王軍を打ち破ってくれれば、大変ありがたい話です。その分魔王軍の力は削がれ、我々を間接的に助けてくれることになります」

「そりゃあまあ、ルルとスルトならそこらの魔王軍など蹴散らせるだろうが……」

「そう考えれば、彼は離れてもなお我々の仲間なのです。ギルドマスターの地位と権限は、彼とそのドラゴンが魔王軍を打ち倒すのに役立つでしょう。その時には、かのドラゴンも人々に善き竜と認められるようになるかもしれない。私は彼と彼のドラゴンが遠い地で魔王軍討伐の力となってくれるよう願っています」

 しれっとした顔で言いながら、ノーウェアは内心そんな事を少しも願っていなかった。

 というのも、彼の思考は魔王軍討伐後に訪れるであろう世界情勢に及んでいたからだ。

魔王討伐はあくまで人間の手によって為されなければならない。

戦いの後、人間が優位に立つためには人間以外の種族、特にドラゴンなどに功名を与えて発言力を持たせるわけにはいかない。

 もし人間以外の種族が魔王討伐で功績をあげるのだとしたら……それを妨害し、排除しなければ。

 そんなことを思いながら、彼は仲間のドワーフと獣人に目を向けている。

 岩盤ドワーフファルグリムは独り言のように呟いた。

「だがそれにしても……ルルの奴、本当に納得してわしらから離れていったのか? 居なくなるのが突然過ぎて……」

「ええ、それは間違いなく。彼も勇者殿の役に立てるよう、裏方として力を尽くすと約束してくれましたよ。なので、私も彼の健闘を祈りました。そして最後に言っていましたね。勇者殿によろしく、と」

 そう言って、魔術師ノーウェアは勇者エンナに声をかける。

 彼女は廃墟の中に蹲り、俯いていた。

 仲間達の言い合いを聞いてはいた。だが、止めることはしなかった。

 自分の力不足に打ちひしがれていたからだ。

「……ルルに対するその御大層な思いやりの千分の一くらい、あのぐうたらエルフにもかけてやればよかっただろうにな!」

「彼が我々から抜けたのはそれこそ彼の個人的な理由で、私がその後の役職や務めを勧める間もなく勝手に消えたのです。私は何も関与していません……」

 岩盤ドワーフファルグリムと魔術師ノーウェアはまだやり合っている。狐人ペイラは呆れてあくびでも漏らしているところだろうか。

 勇者エンナは薄ぼんやりと考えていた。

 まず、自分を導いてくれた自称ニートエルフの師匠が姿を消し、それからドラゴン使いのルルが一行から抜けた。彼等がいれば、ここハーフブリッジの防衛戦はもっと容易かったろう。なのに、多くの人が傷つき倒れ、有名だった半分だけ石造りの大橋は全て崩れ落ちてしまった。

「……わたし、ずっと頼りきりだったのかな……」

 二人との決別、特にルルが居なくなったことで、勇者エンナは胸にぽっかり穴が開いたような感覚が消せないでいた。

 自分が頼りなくて、それで見捨てられてしまったんだろうか?

 彼等が居なくてもちゃんと勇者としての務めを果たせる。そう示したかったのに、この大損害だ。情けなくて仕方がない。

 勇者エンナはまだ幼さの残る面影で、ふと空を見上げる。言葉が漏れた。

「……今頃、ルルとスルトはどうしてるだろう?」

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