愛をみつけた

名月 遙

「D」1ー1

 私に父親はいない。


 王国キルギオンは大きく分けて二つに区分される。

 中央にそびえ立つ城と城下街、その城下街の外周をぐるりとなぞったようにあるスラム街。これらはよく『内側』と『外側』と言い分けされていた。この内と外では貧富の差なんて言葉が可愛らしいくらいの隔たりがあって、スラム街には城下街のような治安と秩序なんて存在しなかった。


 そんな場所で暮らすのは、同じ人間だ。殺伐とした日々を誤魔化す程度の噂話は当然存在した。


 外を歩けば決まって聞こえてくるその噂話は、小さい頃から当たり前のように耳にしていたものだった。

 私はそれを特に不快に感じていなかったけれど、母にとってその関係する言葉一つ一つは暴力そのもので、母はいつの日か家から一歩も外に出なくなった。


 私は、ベッドで横たわる亡骸となった母を見つめていた。


 元々、優しい母ではなかった。

 癇癪で殴られることはしばしばあったし、手をつないでもらったことは一度もない。一緒に歩くときは大抵、私が一方的に母のスカートの裾を掴むだけだった。

 たとえ愛情をもらえなかったとしても、子どもは無条件に親を愛してしまう生き物なのかもしれない。どんなに冷遇されても母は私にとってたった一人の家族だ。


 私は、この人のことが好きだった。


 

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