十話 カフェテリアにて

「ここがカフェテリアだよ。一般的には、『食堂』って言われるところだね。昼休みになると、ほとんどの生徒はここで昼食をとっているんだ」

「そうなんですか……私、カフェテリアのある学園に来たのは初めてなので、とても楽しみです!」


 4時限目が終わって、昼休みの時間。

 俺は、芹崎さんを連れてカフェテリアに来ていた。

 せっかくだから案内ついでにということで、朝のうちに彼女と昼食の約束をこじつけていた。


 彼女は相変わらず、瞳をキラキラと輝かせている。

 ……俺も、最初ここに来たときは楽しみでしょうがなかったなぁ。

 それが今となっては当たり前で、ただ昼食を腹に入れるだけの場所となってしまった。

 楽しみなんて、あったものじゃない。

 そういうことを考えると、今の彼女がなんだか羨ましく感じてしまう。


「……どうしました? 私の顔に、なにかついていますか?」


 芹崎さんの顔を俺が凝視しすぎたのか、彼女はコテっと首を傾げる。

 その仕草に頬が緩みそうになってしまうが、俺はそれを優しい微笑みに変えた。


「いや、なんでもないよ」

「そうですか? というか、早く行きましょうよ! 私、どんな料理があるのかよく見てみたいです!」


 グイグイと、俺のブレザーの袖を引っ張る芹崎さん。

 少しドキッとしながらも、俺は「そうだね、行こう」と優しく微笑んだ。

 ……というよりも、今度は芹崎さんが俺を見ていなかったため、俺は頬を緩ませてしまった。


 芹崎さんって、俺に対して距離近いよな……。

 出会って間もないため、そういう気がないことは分かるのだが、どうしても意識してしまう。


 そうして、俺たちが足を動かそうとしたとき、誰かが「なぁ」という声とともに俺の肩に手を乗せてきた。


「……なんだ、蓮か」

「おうおう、なんか初っ端から仲良さそうにしてるね。お二人さん方」


 絡んできたのは蓮だった。

 足を止めた俺たちに対し、蓮はズボンのポケットに手を突っ込みながら俺たちの前に現れる。


「あっ! 古川蓮君ですね!」

「えっ? なんで俺の名前を……? っていうか、俺ら面識ないはずだよね?」


 先程の蓮の言葉が聞こえなかったのか、それとも気にしていなかったのか、芹崎さんは顔に明るい笑顔を咲かせながら蓮の名前を呼ぶ。


 対して蓮は、彼女に自分の名前を知られていることに違和感を感じたのだろう。

 自分と芹崎さんを交互に指さしながら素っ頓狂な表情を浮かべた。


「あっいえ、気にしないでください! 転校してきた際にもらった名簿で、たまたま蓮君の名前が目についたので!」

「……そう? 特に珍しい名前でもない気がするんだけど」


 芹崎さんは必死に理由を説明していたが、彼女の話す理由に蓮は納得がいっていない様子だった。


「——そういえば、俺と芹崎さんが初めて会ったときも、芹崎さんは俺の名前を知ってたんだよ」


 俺は蓮と芹崎さんの会話の中で、昨日のことを思い出していた。

 海の見える高台で出会ったあのとき。

 確かに、初対面にも関わらず芹崎さんは俺の名前を呼んだ。


「そうなのか?」

「あぁ。ねぇ芹崎さん。どうして俺の名前を知っていたの?」


 俺は視線の先を蓮から芹崎さんへと移す。

 すると芹崎さんは、視線を泳がせながら顔を引きつらせて言った。


「あっ、えと、その……そうです! 祐也君の名前も、最初に名簿を見たときにたまたま気になっていたんですよ!」

「……そうなの?」

「はい! それよりも、早く行きましょう! 食べたい料理がなくなってしまうかも知れません!」

「あっ、ちょっと……」


 俺が呼び止めようとする前に、芹崎さんは行ってしまった。

 あの言動から察するに、芹崎さんは……


「……なぁ、祐也」

「お前も気づいたか、蓮」

「あぁ。あれだけ取り乱してりゃ、誰だって分かる。芹崎さん、絶対なんか俺らに隠し事してるよな」

「……だよな」


 たまたま目についた、だから気になった。

 それだけじゃあ、あまりにも説得に力が足りなかった。

 咄嗟とっさに理由をこじつけたようにも見える。


「まぁ、芹崎さんにも知られたくないことがあるんじゃないのか?俺らが深く関わることでもないような気もするし」

「……祐也って、本当に奥手だよな。いや、芹崎さんと二人でいるっていうだけで、もうそれだけ攻めてるってことか?」

「変な勘繰りは今はいらん!」

ってことは、後で勘繰ってもいいってことか?」

「人の揚げ足を取るな!」


 マジで、蓮と話していると調子が狂う。

 ……まぁ、この掛け合いが何気に楽しかったりするのだが。


「とにかくだ。俺は芹崎さんの隠し事がどういうものなのかが気になる」

「と言ってもなぁ……今はどうすることも出来ないだろ。普通に聞いても絶対口割ってくれないと思うし」


 俺は腕を組みながら後ろ向きな発言をする。

 気になる気持ちもあるが、それが彼女にとって負担になるのだとすれば、深く追求しないほうがいいのだろう。

 そういう意味を込めて、俺はあんな発言をしたのだが……


「そこで、俺の観察眼の出番ってわけさ」


 蓮は胸を張りながら鼻を鳴らす。

 どうやら、俺の思いも虚しく、蓮には届いていない様子だ。

 蓮ならきっと俺がどう思っているのかも分かっているだろうに、わざと見えないふりをしたな。


「まぁ、祐也は何もせずに待っていろよ。俺が絶対芹崎さんの隠し事を暴いてやるから」

「おい、いいからやめろって——」

「もしも、芹崎さんがお前のことが好きだといった理由で名前を知っていたらどうする?」


 俺は蓮を止めようと試みるが、その前に蓮が言葉を続けたため言い淀んでしまった。

 しかも、言葉の内容がちゃんと俺を黙らせる最適解だった。


 クッソ……こいつ、ちゃんと俺を分かっていやがる。


「……どういうことだ」

「おっ、食いつきがいいねぇ。芹崎さんがどこかで祐也の顔を認識していて、それで祐也と同じく一目惚れをしていたとしたら。もし配られた名簿に顔写真もついていたら。意識せずにはいられないんじゃないか?」

「さっき、芹崎さんは俺と蓮の二人の名前を事前に知っていたということが分かった。一人じゃないことから、一目惚れではないと思うんだが?」


 仮に一目惚れしたとして、二人同時に一目惚れするなんてことあり得るのだろうか。


「今、俺が出した仮定はあくまで仮定だ。そうじゃない理由も勿論あるだろうな。だから俺がそれを突き止めてやるって言ってんだよ!」

「あっ、ちょっおい!」


 俺は蓮を呼び止めるが、蓮はなりふり構わず芹崎さんの後を追う形で行ってしまった。


「……ったく」


 せっかく芹崎さんと二人で昼食が食べられると思ったのに、蓮にそれを邪魔されてしまった。


 ……だが、昼休みはまだ始まったばかりだ。

 俺も二人の後を追う。

 蓮はどっかに放って、芹崎さんと一緒に過ごそう。


 昨日までは俺なんかが一緒にいることは出来ないだろうと思っていたが、意外にも俺は芹崎さんに対して積極的だった。

 何が自分の中で変わったのかは分からないが、さほど気にすることでもないだろう。


 今は、とにかく芹崎さんと一緒にいたかった。

 だから俺は歩くスピードを早めて、そして追いつくのだった。

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