四話 返り咲く幼少期
「こんにちは、マスター」
「こんにちは〜」
扉にかけられたベルを鳴らしながら俺と蓮は喫茶店「CATS」の中へと入っていく。
カウンターには、眼鏡をかけた白髪交じりのマスターが立っており、その上で綺麗な銀色の猫、ミーシャが体を丸めていた。
ミーシャはどうやら眠ってしまっているようだ。
「いらっしゃいませ……おや、今日は蓮君も一緒なのかい?」
マスターは洗い物の手を止めて、微笑みながらカウンターを出てきた。
「そうなんです。たまたま学校で一緒になって、CATSに行こうって話になったんですよ」
「そうだったのか。久々だね、蓮君」
「お久しぶりです、マスター。最近顔を出せていなくてすみません」
「いいんだよ、蓮君は蓮君の事情があるんだし。私も気にはなっていたが、こうやって元気な顔を見せてくれたんだから、それで十分だ」
「ありがとうございます」
マスターの優しい声を聞くと、蓮は笑みを浮かべながら頭を下げる。
そんな情景に、俺の心は温められていた。
こうして三人集まるのは本当に久々だった。
蓮が最近多忙で(俺が関わっていなかったからというのもあるが)、いつもこのCATSにいるのは俺とマスターの二人だけだった。
あと猫のミーシャと。
「マスター、カフェラテを下さい。蓮はどうする?」
「俺もカフェラテにするよ」
「分かりました、カフェラテがお二つですね。少々お待ち下さい」
マスターは軽くお辞儀をすると、またカウンターに戻っていく。
「……あんな他人行儀にしなくてもいいのにな、昔っからの付き合いなのに。祐也もそう思うだろ?」
俺達は窓際の席に座ると、蓮が苦笑いを浮かべながらそんなことを言ってきた。
「まぁ、確かにそう思うな。でも、きっとマスターにはマスターのポリシーがあるんだよ。プライベートと仕事をしっかり分けてるからこそ、『CATS』も繁盛してるんだろうからさ」
俺はそう言いながら、店を見渡す。
『CATS』は、この町唯一の喫茶店で、それは町の住民誰もが一度は来たことのある有名な場所だった。
決して広くない店内ではあるが、俺が来るときには必ず人がいる。
今日だって、一見すれば全席が埋まってしまっているのではないかと錯覚してしまうほどだった。
「なるほどな」
「まぁ、俺らと接するときくらいプライベートでいいんじゃないかとも、確かに思うけどな」
なにせ、昔からの付き合いなのだから。
マスターは俺や蓮にとって、父親のような存在だった。
身寄りのない俺達を、我が子のように育ててくれた。
今は高校生ということもあって、マスターの援助を受けながら俺らはそれぞれ一人暮らしをしているが、小さい頃はよく、二階に続く階段からマスターの働いている姿を二人で見ていたものだ。
「——お待たせしました。カフェラテでございます」
昔を懐かしんでいると、薄っすらと口角を上げながらマスターがカフェラテを二つテーブルに置く。
ティーカップに注がれたカフェラテは湯気と共に、エスプレッソの香ばしい匂いと、ミルクの甘い匂いを漂わせていた。
「ありがとうございます」
俺と蓮はマスターにお礼を告げる。
「他にご注文がございましたら、テーブルの端にあるベルを鳴らしてください。それでは、ごゆっくりと」
マスターはいつもの決まり文句を言うと、一礼してからまたカウンターへ戻っていった。
俺はマスターを見送ると、カフェラテの入ったカップに口をつける。
……うん、いつもの味だ。
エスプレッソとミルクのバランスが絶妙で、変に甘すぎず、エスプレッソの香りをしっかりと味わうことができる。
夏場だと大体冷たい飲み物が欲しくなってくるものだが、このカフェラテは年中飲めるくらい美味しい。
「——相変わらず、ここのカフェラテは美味いよな。コンビニのも美味いけど、やっぱり『CATS』のカフェラテだよな」
蓮もカフェラテを味わうと、一息つきながら言った。
「そうだな。それじゃあ俺は……と」
つぶやくと俺は席を立ち、未だにカウンターで身体を丸めているミーシャに近づく。
するとミーシャは顔を上げて俺を見た。
「おっ、もう起きてたのか」
言いながら、俺はミーシャを撫でる。
ミーシャは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らして、俺の手を受け入れてくれた。
「——本当、相変わらずだよな。お前」
「うおっ!? びっくりした! ……って、なんだ蓮かよ」
「そんなにびっくりすることでもないだろ!俺がびっくりしたわ!」
見ると、蓮は上半身を仰け反らせていた。
「だってずっと席にいるものだと思ってたからさ」
急に耳元で話しかけるなよな……
「……九歳のとき、だったよな。祐也がミーシャを拾ってきたのは」
すると、いきなり落ち着いた声で、蓮は言う。
どんな心の変化があったのかは分からないが、蓮は穏やかな瞳でミーシャのことを見つめていた。
「あぁ、そうだな」
俺も、穏やかな気持ちでミーシャを見つめる。
ミーシャが腕を自分の顔に擦りつけて毛づくろいをすると、あの頃の情景が一気にフラッシュバックしてきた。
あのときも、お前はそうだった——。
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