第21話 崩壊の足音…… 2
カレンは王都にあるジュスタンの壮麗な屋敷で、彼と一緒に暮らしていた。
贅沢な暮らしに直ぐ馴染んだ。カレンはサロンで侍女をはべらせ、屋敷の女主人然とし、次の夜会で着るドレスの相談をしている最中だった。
とろい聖女のお陰で彼女はこの地位を手にすることが出来た。実家は貴族とはいえそれほど裕福ではない。
後、もう一歩で護国聖女に手が届きそうだったのに、あのみすぼらしい娘に奪われた。しかし、今ではそれもプリシラの手に……。神聖力の強さは血筋なのだろうか。
そろそろリアがこの国から追放される頃だ。少しかわいそうとは思うが、自分のせいではない。
(そう、私は何も悪くない。あの子の要領と器量が悪かっただけ)
ふっと笑みがこぼれる。リアは昔から滑稽で愚かだ。あんな者が私より上であるわけがない。
フリューゲルに言われた通り自分の戦果に色を付けた。それ以外は何もしていない。いわば、リアの自滅だ。たとえ軽傷だったとしても兵士や聖騎士達を優先して癒してやればよかったのに。少し頭をつかえば分かることだ。
もっとも彼らは薄汚れたリアに触れられるのを嫌がっていたが。
ただ一つ心残りなのはプリシラの所業だ。戦場に行くこともなく、突然現れていいところを攫って行った。彼女さえいなければ、カレンが護国聖女になれたかもしれない。もともとニコライはリアとの婚姻を嫌がっていたふしがある。
暗い思いに浸っていると、サロンにジュスタンが入ってきた。
「カレン、お前に黒の森へ行くようにお達しがあった」
挨拶もなく告げられる。一瞬、ジュスタンが何を言っているのか分からなかった。寝耳に水だ。
「はあ? なぜです? あのような辺境へ行くのはもう嫌です。ただでさえ神殿の御勤めがありますのに」
退屈で買い物を楽しむ店もない田舎など二度と行きたくない。前回はフリューゲルに手柄と褒美が貰えるからと言われて行ったのだ。今回、慰問で行ったとしても、何か旨味があるとは思えない。
「それどころではない。黒の森の結界にほころびがでた。結界はお前とリアで張ったのだろう」
「え……」
カレンは青ざめた。
「さっさと行って結界を張りなおして来い。陛下になじられたぞ。すぐに破れてしまう脆弱な結界など張りおって。婚約者である私に恥をかかせるとは」
ジュスタンは高いプライドを傷つけられたらしく、すこぶる機嫌が悪い。
「私のせいではありません。きっとリアが張った部分にほころびが出来たのです!」
「そんなことを言っても仕方がないだろう? あの偽聖女は神殿から破門され、この国から追放されたのだ。お前が行くしかないではないか」
「リアを連れ戻せばいいではないですか!」
気付けば、カレンは叫んでいた。冗談ではない。本当は結界など一ミリたりとも張っていない。すべてリアの神聖力のなせるわざだ。
結界石も使わず瘴気を封じ込めるなど、あの娘にしか出来ないのだ。しかし、手柄を横取りした手前、それを告白するわけにはいかない。
カレンは、リアの行う聖女の御業を隣で見ていただけ。一緒に祈りを捧げるふりをして、手柄だけを横取りした。
魔物が鎮められ、結界を張り終えた国に強力な聖女など必要ないと思った。だから自分に有利に事が運ぶように図った。
貴族の娘のたしなみだ。誰だってあの場にいたらカレンと同じことをしていただろう。
(だから私は悪くない!)
あの時カレンは、リアが役に立たなかったという自分の報告で、彼女が国外に追放されるなんて思ってもみなかった。だいたい追放を決めたのは王太子だ。
(何も悪くない。自分の身を守るために、目の前にある利益を確保するのは貴族の娘として当然のことだ。間違っていない)
聖騎士や城の兵士もカレンに感謝し、彼女を褒めたたえたではないか。彼らだってリアの戦場での尋常ではない働きをその目で見ていたはず。
「リアは、惑いの森に追放された。すぐに連れ戻せる保証はない」
ジュスタンの声が冷たく響く。しかし、カレンもここで頷くわけにはいかない。
(どこの馬鹿が、そんな場所にリアを追放したのだろう、必要になったときすぐに連れて来られないではないか)
「それであれば、私がでしゃばるよりも護国聖女であらせられるプリシラ様の方が適任ではないのでしょうか?」
「馬鹿か、お前は。次期王妃に行かせられるわけがないだろう?」
「でも、リアは行きました!」
「プリシラ殿とあんな偽聖女と一緒にするな。陛下もきっとあれが偽物だと気づいておられたのだ。
それにリアは我々が行くまで戦果をあげられず、役に立たなかった。もともと護国聖女の力もなく王妃の器でもなかったのだ」
ジュスタンがいやにリアをこき下ろし、プリシラを擁護する。それが物凄く不快だ。プリシラは不思議と男性を味方に引き入れるのがうまい。
「しかし、プリシラ様が、行けばすぐに黒の森も鎮まりましょう」
「何を言う? プリシラ殿は聖女の修行を受けていない」
「は?」
カレンははじめて婚約者に呆れたような視線をそそいだ。
「そんなもの修行と関係あるわけないでしょう?」
人に見下されることが嫌いなジュスタンはカレンのこの言動にカッとなる。
「神官長フリューゲル殿がそうおっしゃったのだぞ! 間違いがあるはずはない」
「そんな……」
「これは王命だ。すぐに荷造りをして、黒の森に向へ!」
ジュスタンの高圧的な態度にカレンは戦慄した。
(リアは特別だ。あの子は修行の前から治癒能力を発揮していた。愚かな現国王は一度リアが婚約者だと決まったのに、その約束を反故にしてプリシラを選んだ。だから、今この国は、こんなことになっている。絶対に私のせいではないのに、なぜ私が責任を取らされるの?)
カレンは悔しさに、ぎりりと奥歯をかみしめる。
「だいたい本当にプリシラ様は護国聖女なのですか?」
聖女の御業も示していないのに、彼女は次期王妃の座にいる。
「どういう意味だ! 先ほどから不敬だぞ!」
「だって、おかしいわ。リアは
ジュスタンが驚く。さすがにそれは知らなかったようだ。
「どういう事だ?」
傲岸不遜な彼の瞳が一瞬揺らぐ。
「聖女の間では有名な話よ。あの子は習うことなく周りの者達を癒せた。本物は、呪文なんて、神聖魔法の手順なんて必要としない。神殿の偉い方たちが自分たちの権威を見せつけるための、ただの後付け。それが護国聖女なのよ!」
気付くとカレンは叫んでいた。
「黙れ! お前の言っていることは支離滅裂だ。だいたい、リアが役立たずだと言ったのは同僚のお前だろう? いまさら何を寝ぼけたことを言っている。さっさと荷造りをしろ。この騒動を鎮められなければ、お前との婚約はなかったことにする」
ジュスタンは聞く耳を持たずカレンを恫喝すると、足音荒く去っていった。
「なんてこと……。私が何をしたっていうの? 国のためにあんな不衛生で汚い傭兵達の集まる戦場にまでいったのに。掃きだめのような場所で尽くしたのに。どうなっているの。聖女の祟り? なんで私に?」
カレンは窮地にたっていた。いかに聖女とはいえ結界石がなくては結界が張れない。だが、リアは祈りだけで張ってしまった。彼女の力は異常だ。
もしここで、自分が結界石を要求すれば、カレンの助けなどなしにすべてリアが結界を張ったことがばれてしまう。
(いやだ、行きたくない! あのような瘴気の強い場所に結界を張るなど、私に絶対に無理だ。どうすればいい)
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