倭香保擾乱

「あぁ^~いいっすね^~」


 湯船に浸かった私が思わず声を漏らすと、メイがにこっと微笑ほほえんだ。紅潮した頬とあいまってすごく色っぽい。


 ずるいんだよな、こういうとこ。マニッシュな雰囲気でいるくせ、こういうふとした拍子に溢れるしっとりとしたエロス。たまんねえな——


「近い近い、うざいわっ!」


 お湯をぶっかけられた。


 野天風呂、というのだろうか。灰色にけぶった空は決して爽やかではなかったが、吹きっさらしの空の下、少し肌にピリピリくるような熱い湯に浸かるこの時間はまさに 極 楽 ジョキャニーナそのものだった。


「来てよかったね……」


 思わずそういうと、

 メイがふふっと笑ってうなずいた。


「しかし、たまんねえな、この胸——ブクブク」


 メイが容赦なくあたしの頭を湯に押し込み、危うく天国エデンから 涅 槃 ニルヴァーナへ行くところだった。



 風呂上がりのごはんも最高だった。獣肉の鍋に、川魚の塩焼き、山菜のお浸し、そしてなんといっても白米——!


「うおォん、白米なんて目にする人が来るとは思わなかったよう、うおォォん」


 泣きながらごはんをがっつくあたしに、メイが呆れながら酒を飲む。


「なんか人間発電所みたいになってるけど、ここ来てから『あたし』が出過ぎてない?」


「! ——マジで⁉︎」


「キャラ崩壊だと思われるから女性らしくしみじみ噛み締めなよ」


「だってェ。サイコーなんだもん!」


 本当、倭香保最高ーっ! 来てよかった。生きててよかった。色々満たされたあたしは、メイにしなだれかかった。


「ちょ——」


 はらり、と浴衣からはだけた鎖骨が色っぽい。つつつ、と指で骨の形をなぞりながら、

「今日は一緒に寝ない?」


「見境ないな、おまえはっ! 本気で怒るぞ!」


 しゅんとなって、私はいじけながら鍋をつついた。いじけてても美味しい……。


「ほらほら、酒も美味いぞ、飲めっ」


 お酌されて一口いくと、これまたなかなか口にできない清酒だった。ストン、と腑に流れ込んでいく。

 嗚呼、こんなふうにずっと過ごせたらいいのに——


——勿論、そうはいかないのが人生というものであって、ましてや常に戦時下にあるようなこの時代に、そんな贅沢はたとえ猫を飼えるようなお大尽様ビリオネアでも叶わないのだった。


 それでも幸せな気分で一晩は過ごせたというのはこれはもう僥倖だった。


 あるいは、そうではないのか。


 ここ数ヶ月はこの天国のような状態を維持していた倭香保だったが、以前からちょいちょいならず者の異成人ミュータントはぐれ・・・無人戦略多脚機などに脅かされたことはあったらしい。

 だが、こんな一斉に兵器どもに狙われたことなど、ついぞなかったという。


 いま倭香保は、全方位を無数の無人戦略機に囲まれていた。

 血相を変えた女将が「お客さん——!」と避難の声をかけつつふすまを開けた時には、すでにメイは支度を整え、鎮座していた、という。

 ……「と、いう」と伝聞系なのは、えーと、その野暮はいいっこなしよ。こういう私のことを、肝が太いと頼りにするメイもいたりするんだから。……多分。


 取り囲みつつも、何かの指示を待つように待機している 無人兵器群 ノーマンイクイップメントを、ムラの人々は不気味に思いつつも、あたうるかぎりの速さで迎撃の体制を整えていった。


 目を覚ました私に、メイが竹の皮で包んだにぎり飯を投げながら、支度しろユイ、と云ってそこで初めて事態を把握した。


「ほんとおまえって奴はさあ」と云いながらも、少し楽しそうな響きがあって、釣られて微笑わらう。

 簡略にメイからの説明を受け、この事態がここでのかなりの 異常事態 エマージェンシーだと認識した時、私は血の気が下りるのを感じた。


 そんなはずはない、と思いながらも、もし私たちが呼び込んでしまったのだとしたら、という考えが忍び寄る。


「大丈夫だ」


 メイが私に向かって——もしかすると自分に向かって——大丈夫だ、と繰り返した。

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