歓談

 場はちょっとした宴会の有様を呈していた。狼男ことアキラが私とメイに盛んにどぶろくを勧めてくる。


「いやあ、最初に姐さん方が<ハマのキリングシスターズ>だっていってくれれば、両手を上げて歓迎したのに」

「その名で呼ぶな、ただの『シスター』だ。大体普通ならキラーだろ、キラー!」


 いつもの調子に戻りつつあるメイを横目にテーブルに並ぶ弁当に箸を伸ばす。一個だけでは物足りなかったので実にありがたい。



 先頭車両から最後尾の車両まで案内されて来てみると、バーカウンターとテーブルの並ぶ食堂車だった。

 アキラと手下たちが甲斐甲斐しく酒やら料理やらを並べるのを眺めながら、メイの呼吸が大きくゆったりとしたものに変わり始めたことに、ようやく私も安堵した。

 

 アキラたちはいわゆる山賊だった。この渓谷列車の乗客から金を巻き上げるし、女も襲う。ただ、アキラ曰く、金品は奪っても女を手篭めにするのはマレだという。


「べつに取り繕わなくてもいいよ」


 中身より見た目だ! ましてやいまのご時世。そういう意味では、毛深すぎる男はそもそも論外。いまさら——


「いやいや、そういうんじゃなくて。男の手を振り払って自分だけ助けを乞う女とか、逆に男から差し出される女とか……そういうのがいいんスよねえ。腐りかけが美味いっていうか」

「あら、狼かと思ってたけどハイエナかなにかだった?」

ねえさん、キツいっスよ〜!」

「こんなのワンコで充分だ、ワンコで」

 と、メイ。

 ところで姐さん方、とアキラが居住まいを正して云った。

三馬さんまへは一体何しに?」


 私たちは顔を見合わせた。

 メイが答える。「ただの観光だけど」

 アキラの顔が少し曇ったように見えた。

 が、気のせいだったのか、すぐに口を開けてガハハと笑い、

「ぜひ観光を楽しんでいってください。サンマーなんていわれちゃいるが三馬はいいとこですぜ。贔屓目じゃなしに」

「ねえねえアキラくん。三馬には陸猫りくねこいる?」

「陸猫?」

 しばしの間があってから「姐さんのいってるのはおかふぐのことですか?」

「えっ」声を上げたのはメイだった。「丘にいるフグとは面妖すぎないか……」

「いやいや、要するに猫のことですよ」

「え、てことは」と今度は私が驚く。「飛ばない猫ってこと⁉︎」

「ええっ、飛ぶ⁉︎」

 今度は三人が三人とも話の噛み合わなさに首を捻った。


 手下の一人、モヒカン頭で奇声を上げるのが好きそうな男が、ちょっといいですか、と手を挙げた。


「えーとですね、姐さん方は縦濱たてはまのほうからいらしたんですよね? でしたら、貴女たちがいうところの『猫』は『海猫』と呼ばれる鳥、『陸猫』と呼んでいるのがこちらでのいわゆる『猫』になります。『陸ふぐ』ってのは地を歩くほうの猫の別名で、ふぐのように美味い——」


 男がギョッとした顔でこちらを見ていた。私の殺気に気づいたのだろう。


「……いま陸猫を食うとかなんとかいいました?」


「い、いいましたけど、いや俺は食べたことないです、いやほんとに」

「なら許す。で、じゃあ猫はいるの?」

「そうっスねえ」とモヒカンくん。「全然いないってわけじゃないですけど、たまにお大尽が飼ってるとか、そういう噂を聞くぐらいでとんと目にしませんね……。あ、でも倭香保わかほにはノラもいますよ」


 私はメイを肩で小突いた。

「正解だったじゃ〜ん」

「べつに猫に出会う旅じゃないけどな」

「そしたら三毛の国だから云々はガセネタだったのかしらね?」

「なんです、その三毛の国って」とアキラ。

「三毛の国だから、三毛陸猫がいっぱいいるのかなあってメイと話してたの」

「あ、それは三毛の国じゃなくて毛の国ですね。三馬の旧い呼び方です」

「モヒカンくんは博識ねえ。毛玉と違って」

「ちょ。毛玉って俺のこといってんスか!」


 アキラが憤慨して、何かをブツブツ言いはじめた。繰言くりごとかと思ったら、そうではなかったようだ。アキラの体毛がハラハラと抜け落ち、と思う間もなくバサーっと抜け落ちた。


「これなら毛玉とは呼ばせませんぜ」

「あら、いい男」


 銀色短髪の、まだ少年の面影の残った美丈夫が現れた。鼻血のあとが残っている。

 あたしは思わず手を伸ばしてアキラの口許に触れた。


「ごめんねえ、最初からその姿でくればもっと違う指導してあげたのに」


 メイに思い切り脇腹を小突かれて、私はぐふっと呻いてへたりこんだ。


「悪いビョーキ出てんぞ、ユイ」

「す……すびばせん……」


 私も、自分の声に欲情の響きが混じっていたことを認めるにやぶさかではなかった。

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