車内

 国境のそこそこ長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった。

 私たちは右手に広がる灰色く煙る曇天を、描き消そうとするかのように降りしきる雪にしばし見惚れた。


「もしかしてK国じゃなくて渓谷だったんじゃ……」

 メイが真顔で云ったので私は吹き出し、きょとんとした顔の彼女の赤毛をくしゃくしゃっとした。

「やめろよー、もう」

「いつものお返しだよー」


 と、チカッチカッと車内灯が明滅し、そのあとドタバタという床板を踏み抜かんばかりの音が響いてきた。ひとりふたり、ではない。

 私が身を引き締めると、メイが大丈夫だというように手を重ねてきた。だが、その手が震えている。


「この電車はジャックした!」


 狼のような毛並みの半裸の男が先陣を切って車内に侵入してきた。ついてくる足音は——三人、か?

 狼男は弾帯を袈裟がけに、右手にサブマシンガンという恰好で、車内をキョロキョロと見回すとここにいるのが私たちだけだということに気づいたようだった。


「冴えねえなあ、姉ちゃんふたりか」


 いつもなら『誰が冴えねえ姉ちゃんだ!』と啖呵を切ってもおかしくないメイが身をすくめていた。

 私は、重ねられたメイの手に、もう一方の手を被せて震えを抑えた。


「サンマーに女二人旅とはずいぶんイカれた姉ちゃんたちだな」


 ニヤリ、と笑ったように見えたがワンコの表情に詳しくない私の、見間違えだったかもしれない。近づいてくる。手下も車内に入ってきた。

 銃口が通路側のメイに突きつけられる。


「あらあれ、どんなおかちめんこかと思ったら意外と上玉じゃないか。……赤毛の姉ちゃんは髪型がちっと男らしすぎるな、勿体ねえ」


 銃砲をメイの肩に押しつける。小さく息を呑む音が聞こえた。本気で怖がっている。愛車のヒュードロ(名前)がないと途端にメイは荒事に弱くなるのだった。


「銃をこっちに向けんじゃねえよ!」


 啖呵を切ると同時に、あたし・・・は銃を左手で巻きとるように抱え込んで跳び上がり、男の顔面を踏み台にしてくるっと回って背もたれに着地した。銃は、ヤンキー坐りをした、あたしの右手の中にある。その向かう先は、通路に倒れた狼男の頭。


「おかしら!」


 男を心配する声とこちらに向けられた怒声との汚い合唱があったが、奪ったサブマシンガンを男の頭上で、左手で太ももから抜き取ったデリンジャーもどきを最前にいる手下のすぐ上の天井に向けて打った。


 硝煙の匂いと静寂。


 小さい声でメイが、

「ユイ——?」と云った。

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