落梨(おちなし)

 大戦以来、人の数はグッと減った。異成人ミュータントを数に入れたとしても、おそらく全盛期の十分の一にも満たないのではないか。


 だから、人同士は(基本的には)争わない。どこでも協力的だ。世界にまだまだわんさかといる無 人 兵 器 群 ノーマン・イクイップメントから身を守るためには、そうする他ないのだ。


 ま、一部の異成人は、そうでないのもいるけれども。やっかいさはあるけれど、話がまったく通じないわけでもないしね、機械とは違って。


 ところで。

 落梨おちなしというのは通称で、私は生憎と地理に疎いので元の名称は知らないのだけれど、幸運にも大戦時に一切の 崩 落 フォール・ダウンがなかったということで誰ともなく落梨と呼ぶようになったとか。


「落梨といえば、やっぱフルーツか」

 メイがのんきなドライブを楽しみながら、独り言のように云った。

「それと——」


「ほうとう!」

 続く言葉に重ねるようにして私が云うと、真顔でこちらを一瞬見てから、ぷ、とメイが吹き出した。


「決まりだな」

「ほうとうってうどんの一種でしょ、楽しみだなあ」

「あれ? ユイは食べたことないんだっけ?」

 云ってから、一瞬の間をおいて、メイは何事もなかったかのように前方へと視線を向けた。

 私は、そのことに感謝した。


 ほうとうを食べようということで意見の一致をみた私たちは、かろうじて村と呼べそうな集落を見つけ、車を停めた。

 出入り口のゲートで簡単な身体検査を受け、武器を(概ね)預け、集落唯一の飲食店へと向かった。


 ログハウス調の店があった。

 ほうとうののぼりが出ているのを見つけて一安心。いわゆる名物として名の知れたものではない地元の名物もあるし、そういうものに実は一番美味しいものが隠れていたりすることも知ってはいるが、観光旅行たるもの、やはり名物は口にしておきたいもの。


 店内に入る。

 常連らしき無垢つけき男たちは、一瞥を寄越すとまためいめい食事や会話を再開した。

 見知らぬ美女ふたりがやってきたってのに、ちょっとツレなくない?


「いらっしゃいませ」

 看板娘らしき若く少しあどけない雰囲気の娘が水とメニューを運んできた。


 あ、みんなこの子目当てなのね。

 と、気づく。

 洗練された都会の女の私たちは、ちと手に余るのかな、君たち。


「ほうとう二つ」

 メイがメニューも見ずに云って娘は元気よく注文を繰り返した。お父さん、ほうとうふたつー! とタタッと小走りで行く看板娘を目の隅で眺めながらメニューを開く。思ったよりもメニューが豊富だった。


「メニューはいっぱいあってもどれだけ実際に出てくるのかね」とメイ。

「辛辣ね。でも、この猪豚の肉串とか、あるなら食べてみたいわねえ」

「お、肉串か。いいな、それ」


 いちかばちか注文してみようか、と考えてから値段のところにある「時価」の文字に諦めた。

 ほうとうは美味しかった。


 あえて短野みじかの経由で行くか、素直に彩球さいたま経由で行くかはなかなかの難問だった。おそらく短野のほうが時間はかかるが敵勢は少ない。安穏とした旅ならそっちが正解だろうが、東景とうけいがああなってしまったいま、比較的大戦前の面影を残して栄えていると噂の彩球を観光するのは心躍る案なのだった。


「ただねえ、結構ヤバいよね」

「だよねえ」


 彩球の町にまで辿り着ければたとえサンマーにまで行けずとも充分以上に旅行気分を満喫できるだろうが、道は困難だろう。

 結局、コインの裏表で決めた。


「よーし、彩球レッツゴー!」


 メイが屈託なくいい、私はまあまあ戦々恐々としながら落梨の集落を出発した。

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