03-02 晴れ、時々魚。
「そんなこんなで到着したのう! 色付く五つ浜の内の一つ、サンセットバレーじゃ!」
「ここは随分様変わりしたのだな! あれは飛空艇か? 小さくなったのだなぁ」
「そうなのじゃそうなのじゃ。最近のよじの国は高空領域の開拓が盛んでの、ああいった空の賞金稼ぎたちがここに集まっておるのじゃよ」
「わぁ、空の冒険かぁ……きっと楽しいのだろうなぁ……! なぁ勇者クリス、……クリス? 大丈夫なのだ?」
「……あ、あぁうん。大丈夫、思ったよりも人がいっぱいで圧倒されちゃった」
『これでも今日は少ない方ですが慣れないと混乱するでしょう。街の地図を用意してありますから歩くときはこれを参考にしてください』
「はーい」「助かるのだ!」
「わしは船の予約を取ってくるついで野暮用を済ませてくるのじゃ、二人は賢者と共に買い物の方を任せるぞい」
「構わないけど、パスカル王は一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ、こちらも賢者と一緒に向かうからの」
「そっか、なら大丈夫……えっ?」
『はい、と言うわけで増えました』『街の案内もお任せください』
「うわぁーーーーっっっ!? ぬるっと増えたぁーーーーーーっっっ!!??」
「ひぃ!? やっぱりこやつ怖いのだぁーーーーーーーッッッ!!」
と、いうわけでサンセットバレーについた僕たちは一旦二手に分かれることになった。パスカルと賢者はサンセットランディングへ、僕とセルバと増えた賢者は市場へ買い物へ。
市場も当然行き交う人々で溢れかえっていた。これでも少ない方と言われるとなおさら想像がつかない、至る所から聞こえる商人たちや旅人たちの声に混じって音楽も流れてくる。活気そのもののような複雑な音に戸惑う僕を笑うように、風が乗せてくる潮の匂いが鼻をくすぐる。
賢者の案内とセルバの補助のおかげで買い物は難なく進んでいく、正直とても助かった。僕のいた時代とは違いまだ硬貨での取引が主流な上、旅に必要なものも異なってくる。それに気がついて迷いなく買い足せるセルバを見ていると、やっぱり彼女はエルフの女王以前に旅慣れた英雄なのだと実感する。
「よし。まず必須なものは揃ったのだ、中々物価が上がっていてどうしたものかと思ったのだがどうにかなったな」
「魔王が出たせいで色々影響が出ているみたいだね。……みんな不安そうな顔をしてる」
『魔の針以前に各地で魔物が活性化しているようですからね、この街も例外ではないのでしょう。とはいえ先ほどは見事な値切り交渉でしたよ、セルバさま』
「こ、これぐらいはなんてことないのだ。昔の仲間ならもっとうまくやれてたのだ……」
『あ、クリス君撫でておいてください。カバーカバー』
「えっ、あ、うん。よしよし、……でも本当に助かったよ。僕だったらぼったくられてたかも」
「そうか? そうか、……えへへ、くすぐったいのだ」
賢者さんも、なんだかんだで森の一件でかなりメンタルをぐちゃぐちゃにされていたであろうセルバを気にしているのだろう。けれども頭を撫でられて笑うセルバの表情は今は自然に見える、何となくではあるが彼女はしばらく大丈夫……というか目標が定まっているおかげか安定しているようだ。とはいえフォスキスのことを請け負った以上油断はしていられない、囚獄の使徒へのフラグは掻き消えたわけではないはずだ。情報を握っている以上、僕もしっかりしなければ。
どのみちここからは魔王を相手にすることに対しても、戦いは場当たり的なものでは済まなくなってくるだろう。今までは流されっぱなしでどうにかやってきたが、そろそろ本腰を入れて情報収集をしなければいけないはずだ。
魔王を倒しても、終の魔神がいる。そもそも信託の神殿のことも探りを入れないといけないし、やっぱりトルメンタを中心とした英雄たちの亀裂のことも気にかかる。何が何でもあの未来を回避するためにも、やることは山積みだ。
……僕にできることなのだろうか?
「クリス」
「ん、あぁごめん。ぼうっとしてた、人酔いでもしたのかな……」
「……。少しいいか?」
「う、うん」
雑踏の中、射抜くようなセルバの目と目が合う。
「クリスには、魔王討伐以外の目的があるのだな?」
思わず目を見開いた、それを今聞かれるとは思ってなかったしそれをセルバに聞かれることも考えていなかった。
どうする? 誤魔化すか? いいやだめだ、多分この人には……いや、きっとパスカルや賢者もとっくに気がついている。気がついていてその上で様子見されていた。話したくても話せる内容じゃないことが透けているのだろう、けどこれが僕自身だけでは手に負えないほどの大きなことであることも確かだ。どうする? どこまで話す? 話して、いいのか?
「……、それ、は」
分からない。
そもそもなぜあんな世界になったのかさえ分からないのに、何をどうしたらいいのかなんてわかるはずが無い。
「すまない、困らせるつもりじゃなかったのだ。ただ、心配だったのだ。お前に助けられたセルバがいえた話ではないのだが……。お前は、どうにも一人でたくさん抱え込んでしまうほどに優しい子のようだから、気になってな」
「……優しくないよ、僕はそういうのじゃない」
「クリス……」
視界がどんどん下へと逃げていく。どんな顔をすればいいのかがわからない、どんな風に話せばいいのかわからない。
心臓を締め上げるこの思いが、どんな形をしているのかさえ僕にはわからなかった。
「質問に答えてなかったね。あるかないかって言われれば、あるよ。具体的にどうかはまだ言えない。……ごめん、まだ僕にもわかってないことばかりなんだ」
「そうか、わかった。だがクリス、私たちは仲間なのだ。きっとパスカルたちは待つことを選んだのだろうが、わたしはそうはできない。お前が本当に潰れそうになっていると判断したなら、わたしはお前の言葉を無視してでもこじ開けて助けにいく。お前が、セルバにそうしてくれたようにだ」
いいな? と微笑むセルバに気圧される。
けれどもその強引さにどこか気が楽になるのを感じていた。
「うん。……いざとなったらお願いするよ、セルバ」
「よし、しっかり聞き届けたのだ! セルバの用事はこれぐらいなのだ、あとは残りのリストを消化するのだ」
『あ、王様の方がこちらに合流するそうですよ。待ち合わせはどこにしましょうか』
「そうなのか? じゃあさっき通った広場でいいんじゃないかな」
「なら一旦戻るのだ。ところでパスカル王の野暮用とは何だったのだ?」
『ここら一帯の土地の管理者に挨拶をしていたんです、あれでもちゃんとしたプルガリオの王様ですから』
「ちゃんと王様みたいなことしてるな……って今思ったんだけど王様が国をおいてきて大丈夫なのか、物凄い今更だけど」
『あぁ大丈夫です。いつものことなので』
「三百年弱経ってもプルガリオは変わらないのだなあ」
「しみじみするところかなぁ、それ……――待って、何か騒がしくなってきてない?」
ぞわり、一気に空気が変容する。嫌な予感を感じていつでも走り出せるように身構えていると、一拍遅れて周囲の人たちが上を見上げて悲鳴を上げていた。「何かが落ちてきているぞ!」と。
夕暮れのような橙の空を見上げると、確かに何かが大きなものが見えた。あれはなんだ? 大きな、魚?
「っ! みんなこの場から離れるのだ!! 走れ!! 早く!!」
セルバの大きな叫びが危険を鳴らす。街の人たちがそれにようやく気がついてわああっと走り出し、待ち合わせになるはずだったの広場はぐちゃぐちゃになる。大体の人が出払ったと思った……と認識した瞬間にはそれが何も待たずに広場の真ん中に叩きつけられるのを見た。
それは怪魚と言うべき大きさの魚だった、人なんて一口で飲み込めてしまえるほど大きな口を持ったそれが空から降ってきただけで十分パニックだと言うのにそいつまだ動きやがる! おうおうおう暴れるなこんな人の多い場所で! やめろ! 止まれ!
魚?が「ぎょわあああああああ!!??」とのたうち回る、待って魚って鳴いたっけ!?
「魔物だよな!? なんだこれ!? 殴るか!!」
「わ、わからないがとにかくやるのだ!!」
『おっと二人とも注意してください、一人何か別でいますよ! 魚の中です!』
「え゛え゛っ!? じゃあなんだあの奇声中の人の悲鳴ってことか!?」
「いいい急ぐのだ! 早く出してあげないと窒息するのだ!!」
とにかく早く救助しないとまずい!!ボコる!!
……と、その時は何も考えずに体が先に動いていたのだけれども。僕たちはまだ気がついていなかった、その怪魚に食べられていた間抜けがおおよそこんなところにいるはずがない存在だったなんて!
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