02-05 ソーダもラムネもあるんじゃからカレールーだってあるんじゃよ

 途中途中で狂った妖精に襲われながらも森を駆け抜けて霧を切り開く、クリスくんが聞く声に導かれて辿り着いたのは眠りの里から少し離れた場所にある遺跡じゃった。ハッカの森の中には古の遺跡が沢山埋まっておるが、その中でもここは特に古くからあるようで苔や木々に飲み込まれ言わなかったら遺跡とさえ気づけぬほどのものじゃった。

 ここは霧がそう深くなく、周囲の小川によって森の腐敗もそこまで影響を受けていないようじゃ。つまりそれほど力がある場所なのじゃろう。


「この先だっていってるけど、何をどうみても壁だね……」

「ふ~む、よく見てみると古い魔力を感じるのじゃ。賢者よ、分かるか」

『もちろん。ここは里の水脈を制御している地下遺跡の裏口ですね、ということはこの遺跡から王の寝台に続くルートがあると……いやはや毎度この森には驚かされてばかりですね』

「わ、わたしの先代さまから受け継いだ森なのだっ、これぐらいは当然なのだっ。……それでどうしたら開くのだ?」

『開けても構いませんが、パスカル王いかがします?』

「夜が降りてきたしのう、急ぎなのは確かじゃがこれ以上ぶっ続けて進むのは危険じゃ。今日はここで休むぞい。そこに限界になってるやつがおるしの」


 気が付けばもう日没、遺跡の中を進むにも森に入ってから戦闘が連続しておるし一度休息を取るべきじゃ。しかも、この霧の中を突き進む要であるニコラスが完全にバテておる。元々内在エナが少ない中でうまいことやりくりしていく型のようじゃが、あの霧払いをそう何時間も継続することは想定外じゃろう。エナ枯渇でふらふらしておるヤツにあまり無理はさせられん。


「すまない……チェーンバフくそざこ野郎で本当にすまない……」

「長時間の霧払い非常に助かったのじゃ、もう休め」

「いや、しかし準備ぐらいはしなければ……、」

「ニコラス、1たす2は」

「りんご」

「寝ろ」

「はい」

「賢者ァ!」

『はいはーい、格納しますね~』

「あぁぁーーーーすまない本当にすまないーーーーっ」


 賢者が姿を熊に変化させニコラスを担いで魔法馬車に放り込むのを見届ける、飯出来たら起こすから少しでも寝ておくのじゃぞ~。


「わぁ……とにかく野営だね。念のため周辺に聖水撒いてくるよ、属性何寄りがいいかな」

『霧除けのためにも風属にしておきましょう、荷物の中に触媒があるのでそちらを使ってください』

「はーい」


 クリスくんが魔物除けの聖水を撒きに行ったところで、賢者がぱぱっと魔法でテントを呼び出した。普段は魔法馬車の中で寝泊まりしておるが今はニコラスとセルバがおるからの。

 さて、あとすることと言えば……。


「あとはわしらで食事の準備じゃの! セルバは何か食べたいものはあるか?」

「む、わたしなのか? う、ううん……急に言われても……あったかいものならなんでも……」

「ふむふむ、お主カレーは行ける口かの」

「カレー? うん、カレーは好きなのだ! 前の旅でよく食べてたのだ」

「よし、じゃあカレーにするかの! ヘイ魔法のレシピブックちゃんっ、レシピだしてっ!」


 じゃじゃーんと懐から出したのは魔法のレシピブック、これでも立派な王家の魔道具じゃ! プルガリオ王国は食物の国、その王族たるプルガリオ家の人間は王であると同時に調理師でもある。この魔法のレシピブックには王家が開発したレシピや見聞きしたレシピが沢山書かれておる、今の在庫から作れるものも勝手に検索してくれる素晴らしい魔道具なのじゃ!

 なんでカレーの材料がストックしてあるかとな? するじゃろ、最近は東の国が開発したカレールーのお陰でめちゃくちゃ楽に作れるようになったんじゃぞ。するじゃろ、ストック。


「あ、賢者よ。作業中のクリスとニコラスにも知らせておくれ」

『承りました。私はニンジンいやです』

「なんでじゃ最近のニンジン甘くなったやろがい、食え」

『うぐぐ……パスカルは食事になるとうるさいですよね、分かりました~食べますよう』


 お主の偏食もだいぶやばいがの。


『さて、もしもし聞こえていますか……今日はカレーです……王様のカレーはジャガイモがINするタイプのカレーですよ……』

「うわーっ直接脳内にーっ!? ってかジャガイモ入れるのに派閥ってあるのか!?」

「ぐわーっ夢の中に青いLEDあんちきしょうがーーーーっ!!?? 私は無宗教ですーーーーっ!!」

『二人ともOKだそうですよ、王様』

「今ものすごい悲鳴聴こえんかったか?」

『気のせいでしょう』

 

 まぁともかく飯じゃ飯!! 明日に備えるのじゃ!!


 ◇


「(どういうことなんだろう)」 


 夜更け、パチパチと鳴る焚火の声を聴きながらクリスは装備の整備を行っていた。

 霧もさることながら妖精の襲撃が怖い、ということで寝ずの番をすることになったのだがそもそも疲労で倒れているニコラスはともかく次の担当であるパスカルが起きてこない。いや起こそうとしたのだが起きなかった。あまり顔に見せなかったけれどあの人はあの人なりに消耗していたらしくガチ寝、まぁ自分は眠らなくても問題ない体質なので別にいいかと整備の傍ら考えを纏めていた。

 いくつかの問題、というのは現状と自分のいた未来での食い違いのことだった。

 自分がいた未来ではプルガリオ王国含めこの大陸のすべてが崩壊していた、なぜそうなったかは明確には定かではないけれどすべては終の魔神が引き起こしたこと……のはずだ。魔神は人の想いを捩じ曲げ己の先兵……使徒とし各地を縛っていた、その先兵を全て撃破し大地を解放するのが自分の役目だった。

 使徒と呼ばれていた彼らがかつての英雄や勇者、勇士であることは知っていた。が、しかし。


「(これで二人目……いや三人目か?)」


 エピオンの時は偶然だと思っていた。エピオンとクラムの成れの果てと思われる”混濁の使徒エピラム”、しかし今回は予言を残したという勇者サイファーの動きのお陰で最悪な状況を回避していた。

 だがセルバと出会った、そしてフォスキスと思しき声を聴いたことで考えが変わりつつある。


「囚獄の使徒に虚影の使徒……だよな」


 今なら分かる、未来で訪れた溶け切った沼地を巡回していた土地の主”囚獄の使徒セルバ=フォスキス”。今考えてみればアレは成長したセルバそのものだ。どうしてそんなことになっていたかまではまだ分からない、沼地周辺の記録は記憶は全て溶け切ってしまっていた。

 そして”虚影の使徒トルメンタ”、あれは朱肉の戦場でたまたま見つけた使徒だが……ニコラスさんがトルメンタの名前を持っていることといい武器の振り方や変調を消し去る寒冷魔法までもが一致している。英雄たちの分裂の発端だと言われているトルメンタがニコラスさんだとは思いたくないけれど。

 偶然にしてはちょっと変だ、そもそも今のパスカル王の旅はあくまでも魔王退治。僕が行っていたのは魔神討伐だ、魔王と魔神、関係はないはず……はずなんだけどな……もしかしてあるのか? 関係が?


「どうすんだこれぇ……」


 しかも、今見えているし聞こえているフォスキスと思しき声は精神層からのものだ。簡単にいうなれば霊界の声、つまり……死んでる人の声。困った。

 これは憶測だけれどニコラスさんがフォスキスから連絡を受けて森に来たのに、それでもセルバを見つけられなかったのは途中でフォスキスからの連絡が途絶えたせいでは? あれ? 急いだほうがいいとは確かに言ったけどこれもしかして辿り着いたらすべて”終わって”る可能性あるな? あれ~~~~~~ちょっと怖くなってきたな~~~~! 確かにフォスキスさん死んでるなとは思ってたけどもっとひどいこと起きてたりしないか? しかも咄嗟にセルバにそのこと言えなかったんだよな、どうしよう……。

 

「クリス?」


 ふと声をかけられて思考が止まる、振り返るとそこには心配そうにこちらを見ているセルバの姿があった。


「あ……、ごめん。起こしちゃったかな」

「いや、いいのだ。たまたま目が冴えただけなのだ……隣、いいか?」

「うん、いいよ」

「すまない……」


 そうして謝りながら幼い妖精体のセルバが隣に座り膝を抱える、言葉を聴くだけでどこか痛々しい。やっぱりかなり無理をしてるのだろうなと思う、そういう意味では今のセルバはエルフの女王ではなく小さな一つの少女だ。


「昔のことを思い出していたのだ」


 セルバが焚火を眺めながらぽつぽつと話し出す。

 夜の風に消えてしまいそうな声が、霧の森に染みていく。

 

「眠りにつく前、私はエルフ族の代表として魔神討伐に参加していたのだ。……沢山の仲間と英雄たちと共に戦いに明け暮れた。……あの時もこうして焚き木を囲んで……」


 喉がかすれるような音、空気と共に感情を押し込むような音。僕の脳裏には、あの沼地に立つ囚獄の使徒の姿がちらついていた。ゆらゆらと揺れる長い髪、隣で膝を抱えて座る少女とは似て非なるそれが。


「フォスも、一緒に」

「戦友なんだね」

「うん、戦友であり大事な友達……なのだ……」


 尻すぼみになっていく言葉に不安が滲む。セルバは己の身体にそれらを押し込める容量が足りないのか言葉を吐き出しはじめる。


「大決戦の後に大怪我を負った私はこの森で力尽きた。……そして眠りにつく間際にフォスが約束をしようといったのだ」


 古の時代の約束。

 妖精がする約束には、言葉以上の拘束力があることを知っている。


「わたしが眠る300年を守り、目覚めの時に必ず隣にいると。わたしも約束をした、必ず300年の眠りから覚めてフォスを抱きしめると。……妖精と王の約束は絶対なのだ、絶対、破られることはあってならないのだ」


 妖精の寿命は百年前後だ、だがその約束があれば話は別だ。

 最初変だとは思ってはいた、フォスキスが代替わりせずにずっと妖精騎士長を務めているということは百年は軽く活動時間を越えている。だけども妖精は心で生きる、そして他者と心を繋げる行為である約束はある意味強力な延命になる。

 フォスキスはセルバとの約束によって300年の延命を受けていた、それ故に妖精の寿命を遥かに超える年月を過ごすことができていたのだろう。

 だが、それも約束の拘束力があってこその話だ。現にセルバは300年を待たず起こされている、ということはセルバとフォスキスの293年前の約束は破られている。

 

「……約束を果たせなければ、妖精は死んでしまう。よね」

「そうなのだ。……あの時はそんなこと全く考えなかった、わたしたちなら絶対に約束を果たせると思ったのだ」


 それほど互いを信頼していたのだろう、疑いも浮かばないほど強く。


「なのに……今は……」

 

 それが今は陰りを見せていた。


「なぁ、クリス。フォスはわたしを──……いや、違うのだ。今のは、良くないのだ」


 まるで自分自身で自分を諫めるようにセルバは頭を振り、目を伏せる。そして言葉から血が滲むほど絞り出したかのような声で彼女は言った。


「すまないクリス、お前には気を使わせてばかりだな」


 あぁ、分かってはいたんだな。


「……気が付いてたんだね、フォスキスさんのこと」

「思い至ったのはご飯の後だったのだ、ずっと頭の中がめちゃくちゃになってて……やっと目の前が見えてきたのだ」

「……」

「フォスは、死んでいるのだろう?」


 そうだ、と言える勇気が僕にはなかった。どう伝えるべきか迷い目線が迷う、そんな様子をみてかセルバは泣きそうな笑みを浮かべて小さな両手で僕の頬に触れる。ひどく冷え切った手だった。


「誤魔化さなくていいのだ、見ていればわかる。ヒトの身で精神層が見えてしまう眼とは辛いだろうに、ずっと注視してくれていたのだな」

「……ごめん」

「クリスが謝ることではないのだ。……あの時そこまで言われていたらわたしはきっとここまで歩けなかった、だからいいのだ」


 セルバの薄荷色の瞳が揺れている。今すぐにでも割れて砕けてしまいそうな目に光が反射して、星のようにきらきらと瞬いていた。


「どう、いえばいいのか分からないけれど」


 星を見ている。そしてきっと、その星は彼女の中にはない。

 せめてその星を守るのが勇者の責任だ。


「助けに行くよ、絶対」


 ……だから、そんな風に泣くのをこらえるなって。

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