実家の猫

 俺の母は未亡人になってから、ずっと猫を飼っていた。6匹いたけど、何故か、全部雄猫だった。75くらいまで1人暮らしだったから、猫には随分と慰められたことと思う。


 だから、実家に帰るといつも猫がいた。それもコロコロ変わる。

 いなくなったと思って、新しいのを飼い始めると、何か月も経ってひょっこり戻って来る。


 昔の人だから、猫を放し飼いにしていて、戻って来て外でニャーニャー鳴くようなら、戸を開けて入れてやることにしていたようだ。


 こんな飼い方をしていたから、夏は外で暮らしてて、寒くなると戻ってくるという、風来坊みたいな猫もいた。最初の2匹はそうだった。


 1匹目はたまにしか帰って来ない猫だった。素行が悪くて、近所の家に上がり込んで、盗み食いなんかをしていたらしい。だから、うちの飼い猫です、と堂々と言えない感じだった。それに、近所の人もうちの猫だと言っていて、我が家で飼っていたわけではなかったのかもしれない。

 でも、冬はずっとうちにいた。大きな虎猫で、愛想がなくて怖かった。これは、最終的に車にはねられて死んでしまった。


 2匹目も冬だけ戻ってくるタイプ。白と黒で小さくてかわいい感じだったが、実際は狂暴だった。俺はよく引っ掛かれていた。確か最後は、病気で死んだと思う。母は金がなくても、ちゃんと動物病院にも連れていった。母親は国民年金だったし、貯金もないし本当に貧乏だったが、それなりに可愛がっていた。

 しかし、病院に行った時は手遅れだったようだ。


 3匹目も轢死。白っぽい猫だが、薄汚れていてきれいではなかった。


 4匹目は病気。5匹目は轢死。


 3回も事故に遭ったから、母は6匹目からは完全に室内飼いに切り替えたらしい。猫は本来室内飼いすべきかもしれないが、母は昭和初期の生まれだから、仕方がない。昔の猫はサザエさんのたまみたいに放し飼いが普通だった。

 しかも、母が面倒を見ていたのは、全部捨て猫や野良猫だから、餌をもらえて寒さをしのげる場所があっただけマシだろうと思う。

  

 最後に飼った猫は、子猫から育てていて、室内飼いだったから一番長い生きだった。名前はクロ。はっきり言って黒じゃなくて灰色だった。俺には全然懐いていなくて、可愛げがなかった。俺は実家に帰る時は、いつもマタタビを買って持って行ったのに、それでも、まったく好かれなかった。


 凶暴で噛みついたりするから、初めて去勢手術をした。野良じゃないから本当は別の猫にすべきだったのかもしれない。

 しかし、玉がなくても、そいつは気性があらかった。母親に懐いていたかも不明だ。


 そいつは、高い所を好んだ。日中は実家のタンスの上なんかで寝ていた。たまに覗くと猫の毛だらけだった。人間年を取ると高い所は掃除できないから、かなり不衛生な環境に親は住んでいたんだ。神棚にも上がって寝ていたから、棚の上は毛だらけで汚くて完全に放置されていた。


 狭い家の中で窮屈な暮らし。他の猫とは会ったこともない人生。あいつの幸せって何だったんだろうと思う。


 10年以上、生きたかもしれない。クロにも最後の日がやって来た。最近、具合が悪いと言うのは聞かされていた。あまり餌を食べなくなっていたようだ。


 実家に行ってみたら、猫が毛布の上に寝ていて、平らになっていた。もう、臨終の場面だったようだ。触ると腰の辺りから死体のように硬直していた。もう、死んでいるかと思って、腹の辺りを撫でたらまだ暖かくて、「ニャー」と鳴いた。


 びっくりした。死んでいると思ったからだ。

 時間を置いて、何回か触っても、しばらく鳴いていた。

 

 何度目かに触った時は、もう冷たくなっていた。

 さっきは生きていたんだろうか?もう亡くなっていたんだろうか?

 気が付かない間に、1匹で旅立って行った。うちの猫と言えば、今でもクロを思い出す。

 今はあの世で母と再会しているだろうと思う。


 *どうやら仮死状態だったようなので、蘇生を試みれば生き返ったかもしれない。

  しかし、もう亡くなってしまったので、今更どうすることもできない。

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