落書き

 これは俺が大学時代の話。

 昔はトイレに落書きがたくさんあった。

 俺の自宅の電話番号がトイレに書いてあったと電話がかかって来た。「暇だから電話して」って書いてあったらしい。


 女子トイレに書いてあったとか。

 俺がやり逃げした女の子が書き込んだのかもしれない・・・って、見栄をはっても仕方がない。大学時代は一人だけだったから、そいつだったのかもしれない。


「ほんとに暇なんですか?」同年代の女の子だった。

「忙しいけど。君、誰?」

「ミルクです。お名前は?」

「さとし」

「何やってる人?」

「大学生」

「どこの?」

「内緒。君は?」

「専門学校」

 俺たちは普通に喋っていた。彼女の恋愛相談が始まって、それがしばらく続いた。好きな人と付き合えたけど、二股をかけられてるみたいだと言うことだった。

「本人に聞いてみたら?」

「聞いてもはぐらされちゃって」

「浮気されても好き?」

「うん」

「もし好きなら、信じて待つしかないよね」

 俺は適当に回答しておいた。

「俺の電話番号、どこのトイレに書いてあるの?」

「西武新宿駅の女子トイレ」

「あ、そうなんだ。お願いだから消してくれない?」

「また、電話していいなら消すよ」

「頼むよ」

「おっけー」

 その子は明るく答えた。


 しばらくして、また別の電話がかかって来た。女の子だったから普通に喋っていた。「どこに書いてあるの?」別の場所を言われた。色々な場所に俺の自宅の電話番号が書いてあったらしい。毎日ジャンジャン電話がかかって来る。


 電話に出なければいいんだけど、就職活動中だったから本当に困った。

 俺はそんなに人から恨まれていたんだろうか。

 俺を蹴落としたい人がいたんだろう。しかも、女で。

 誰がやったのか本当にわからない。今もわからない。

 それからは、俺も随分大人しくなった。

 今思うとターニングポイントだったかもしれない。

 

 

 

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