地下室(おススメ度★)

 俺が学生時代働いていた飲食店には地下室があった。

 地下には、従業員の休憩室とか、食材のストックなんかが置いてあるスペースがあったと思う。


 地下室ってのは日本人にはあまりなじみがなくて怖い。

 ホラー映画を見ていると、クライマックスは地下室で殺人鬼に追い詰められて・・・というのがよくある。まさに、そんな雰囲気の場所だった。

 

 地下は電気が消してあって、上から覗くと真っ暗だった。

 社員の人に「地下から〇〇取って来て」。

 なんて言われると、恐々降りていったものだ。


 俺は1970年代生まれだから、大学生だったのは1990年代。

 俺が大学時代に、築50年くらいの建物っていうと戦時中の建築だ。

 俺が子供の頃には、息子が戦争に行って亡くなったというお年寄りがまだ生きていたもんだ。戦争は、ほんの少し前の出来事だった。


 俺がバイトをしていた飲食店の地下は昔は防空壕だったそうだ。

 そういう話を聞くと、その頃の光景を想像してしまう。

 

 土を掘っただけの穴。

 地上では空襲警報が鳴り響き、近所の人が防空壕になだれ込む。

 そして、息を殺して空襲が終わるのを待つ。

 今晩、死ぬかもしれないという恐怖を抱えながら、家族とじっと肩を寄せ合って。


 ある夜、閉店後に俺は地下室へ向かった。

 休憩室にロッカーがあって、コートを取りに行かないといけなかった。

 一人で怖かったから、できるだけ早く1階に戻ろうと思っていた。


 はぁ、はぁ。


 はぁ・・・はぁ・・・。


 誰かの息遣いが聞こえた。


 あれ、誰かいるのかな?


 あ、もしかして、貯蔵庫の方でカップルがイチャイチャしてるのかも。

 俺はちょっと気味が悪かった。

 その飲食店の中で付き合っている人たちが2組いた。

 社員の人たち同士でくっついたり、離れたり。


 知り合いのそういう姿は見たくない・・・。

 別に家行ってやればいいのに・・・。

 

 顔を合わせたくないな・・・。

 俺はできるだけこっそり降りて行って、ロッカーも静かに閉めた。


 それでも、激しい鼻声が聞こえてくる。

 まるで、誰かが部屋の中にいるみたいだった。

 しかも、男だ。


 俺は誰かがロッカーに隠れているんじゃないかと思った。

 強盗か何かが・・・。


 はぁ・・・俺は頭が真っ白になった。

 

 その鼻息が聞こえてくるのは、俺のロッカーのすぐ隣からだったからだ。


 俺はコートをつかむとロッカーの戸を閉めないまま、階段を駆け上がった。

 途中で階段に脛をぶつけて「いて!」と声を上げた。


 1階に上がりきったところに社員の人がやって来た。

「下の休憩室に誰かいるみたいなんですけど・・・ロッカーから鼻息が聞こえて、誰か隠れてるのかも」

 俺は訴えた。

 その人も、そういうことはありえると思ったらしい。

 女子社員が着替えてるのを覗こうとする変態はいるかもしれない。

 

「いやぁ・・・でも、怖いですよ。刃物とか持っているといけないんで」

 

 それから、男性社員たちが角材を手に持ったり、集団で見に行ってくれた。

 ロッカーを1つづつ開けてみたけど、誰も出てこなかったそうだ。

 鍵のかかっている所は開けられなかったけど、、、と言っていた。


 俺は階段の上からずっと地下室を見ていたけど、絶対に誰も上がって来なかった。


 やばいな、俺の空耳かなと思って「すいません」と謝ったけど、社員の人たちは真顔だった。


「ここは前からそういうのがあるから。またあったら言って」


 店長がそう言った。


 その防空壕は空襲の時に、爆弾が落ちて、隠れていた人は全員亡くなったそうだ。その人たちは今もそこに隠れているのかもしれない。

 



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