ご神体
俺は神社めぐりが好きだ。
神社っていうのは不思議な場所だ。
神聖な場所なのに、何だか薄気味悪い。
パワーを与えてくれるというより、むしろ災いを背負って来てしまう気がする。
寺に入って感じる、亡くなった人の嘆きや悲しみが醸し出す厳粛さとは違い、神社からは超自然的な空間の歪みを感じる。寺が死者の集う所なら、神社は死者が踏み込めない場所なのだ。
神道では人は死ぬと皆、神になる。だから、神道では、男は本名+
現世の苦しみから逃れるために、昔の人は仏教に帰依し熱心に拝んだが、神道は根本的に違う。自然崇拝的な価値観なので、神社にお参りしても、自分はただ自然の一部に過ぎないという感覚を得るだけだ。
だから、俺が宿坊に泊まって
寺に行って、如来や菩薩に祟られることはないだろうが、神社では祟られる。
下記は俺が経験した、神社であった不思議な出来事だ。
俺は関西の某神社を訪れた。
全国的に有名な神社ではない。
ただそこが、俺が一時的に住んだ場所の氏神様だったからだ。
そこはちょっと変わった神社だった。
社務所に人が常駐しているのだが、かなりさびれていて、言っては申し訳ないがとにかく汚かった。無人の神社でも、氏子が掃き掃除や草むしりをしてくれたりして、普通はきれいに保たれているものだが、
そこは動物のフンだらけだった。
草もぼうぼうで蝉の死がいがたくさん落ちていた。
神社にお参りすると、賽銭箱の所に、色々なチラシが置いてあるのだが、色あせてシワシワになっていても交換する気もないらしく放置されていた。
俺は神社の境内を歩き回っていた。
敷地が広く、由緒ありそうなのに、なぜこんなにやる気がないのかと思っていた。
その神社の端の方に石の鳥居を見つけた。それが竹藪の中にあるのだが、いかにも雰囲気があって古びて見えた。さっき、ネットで見たが、文化財登録されていたようだった。
俺は興味を持って近づこうとした。
すると、社務所から声がした。
「そっちに行かないでください!」
俺はびっくりして振り返った。
さっき、お札を売ってくれた人が窓から身を乗り出していた。
「何でですか?」
「ちょっと鳥居が倒れそうなので・・・」
俺は目の前を見ると、確かに古びた鳥居だった。
頭を直撃でもしたら脳挫傷で命が危ないかもしれない。
俺は古い建物に興味があったし、その神社に行って自分が期待したような収穫がなかったので、鳥居が倒れて来ても大丈夫なように、大きく円を描いて神社に近づいた。
何の変哲もない小さな社だった。
さっき、鳥居の横に社殿は「江戸時代中期の建築」と書いてあったな。
江戸時代の人たちが、この小さな社を拝んでいたのかと思うと、俺は胸がいっぱいになった。
「入っちゃダメだっていったじゃないですか!」
神主が鳥居の向こうから怒鳴った。
神主と言っても、その人は作務衣のような和風の服を着ていた。作務衣はもともと禅宗の僧の作業着なので、さらにやる気のない印象を受けた。
「あ、すみません。立ち入り禁止って知らなくて」
「ちゃんと書いてますよ」
見ると、コピー用紙にマジックのようなもので書いたものが、板に張り付けてあった。
「あ、すみません」
俺はお賽銭を入れてその場から離れた。
ただ、お金を入れた瞬間、背中に悪寒が走った。
真夏なのに、ぞっとするような嫌な感覚だった。
「建物も倒壊しそうなんですか」
「いや・・・ちょっと、理由は言えないんで・・・」
俺は君が悪くなった。
「すいません。色々ご迷惑をお掛けしてしまって。罰が当たらないといいんですが」
「いやぁ・・・わかりませんよ」
神主は言った。
「その辺の土は踏んじゃいけないと代々言われてましたんで・・・。誰も近づかないんです」
「じゃあ、神主さんも近づかないんですか?」
「はい。私もこっから先には行ったことがないんですよ。氏子でも立ち入った人はいません。この地面一体がご神体ですから」
「え?そうなんですか」
俺はそんな大事な場所を踏んでしまって後悔した。
「じゃあ、もっと目立つように、書いといていただければよかったのに・・・」
「近所の人はみんな知ってますから」
「うちは別の所から来たので知らなくて」
「転勤で?じゃあ、また引越すんですか?」
「はい」
「その方がいいですよ。ここはよそから来た人には難しいですから」
俺は家に帰ってすぐにお札を出して壁に張った。
神棚がないから、壁に直貼りしていたのだ。
先ほどご神体を踏んでしまったので、俺は悪いことが置きそうで不安だった。
ずっと張り詰めたような緊張感のまま床に就いた。
夢の中で、俺はまたあの神社に行っていた。
神社の中にある、地面がご神体という小さな神社の方に向かって歩いて行った。
夜なのに、鳥居の前に人が集まってざわざわしていた。
「今度、〇〇町会に引越してきた、江田さんっていうサラリーマンの人がご神体を踏んだんだって。あのメゾン・ド・〇〇〇〇の308号室」
「あ、やっちゃったんだ・・・前にやった人は交通事故で」
「それから、海外から来た人も・・・そうそう。階段から落ちて」
「ああ。あった、あった。それから、その前の人は息子さんに刺されて」
「そうそう。昔はおかしくなって自殺した人もいたって聞いたよ」
みんなは笑いながら話していた。
「きっと悪いことが起きるよ」
「うん。何もないでは終わらないよなぁ」
「あの人も長くない」
俺はひどい気分で目が覚めた。
しかし、会社に行かなくてはいけないのは変わらない。
リビングに行くと、お札が床に落ちていた。
俺はそれを見て真っ青になった。
それを拾うと、今度は絶対落ちないように、クリアファイルに入れて画鋲で止めた。
俺は朝会社に行く前に神社にお参りに行こうと思った。
そして、いつもより早く家を出た。
住んでいたのは3階だったけど、いつもエレベーターを使っていたから、1個しかないエレベーターを待っていた。
ドアが開いて、俺はエレベーターに乗り込もうとして一歩踏み出した。
「あ!」
気が付いた時は遅かった。
そこには本来あるはずの床がなかったのだ。
「わぁぁぁ・・・」
俺はうめき声をあげたが、あっという間にエレベーターの空間の真下まで転落してしまった。
そこが3階の高さだったから、まだましだったのかもしれないが、俺は衝撃で気を失ってしまった。
その後、救急搬送されたが、両足を複雑骨折して頭も打ってしまった。
テレビのニュースにもなったらしい。
俺が落ちた後、たまたま3階の人がエレベーターの所に来たそうだ。
すると、ドアが開いたままで、中に箱がないから、覗いてみたら俺が落ちていたそうだ。それで119に通報してくれたのだ。
俺は生きているだけましだ。
土着の神様っていうのは怖い・・・。
やはり、地元の人だけのものなのだと思う。
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