財布(おススメ度★)
最近は、土日によく公園に散歩に行く。
年のせいか緑が恋しくなる。
公園に行くと、今まで出会わなかったような人々をたくさん見かける。
公園と言っても児童公園ではなく、しばらく散策できるような所だから、いるのは大人ばかりだ。
早朝からピクニックしてる夫婦、赤ちゃんを連れてベビーカーを押すお父さん、お年寄りの散歩、ジョギングしてる人、中年夫婦のデートなどだ。
みな充実しているように見える。
俺は今まで何をしてたんだろう。
浦島太郎のような気分になる。
がむしゃらに働いて来て、ゆっくり自分を見つめ直す時間なんてなかった。
土日も家で仕事の勉強。
40代まではそうだった。
これから話すのは、最近の話だ。
公園を歩いていたら、長財布が落ちていた。
茶色いワニ革のような素材で、高そうだが、年配の人が使うようなデザインだった。
それまでは、財布が落ちていてもスルーしていた。
以前、落とし物の財布を届けた男性が、入っていた金を抜き取ったと疑われて、長時間の事情聴取を受けた、と言うのを聞いていたからだ。
俺はこれからは良い行いをしようと思い、交番に届けることにした。
「中身入ってるかわかりませんけど。財布自体高そうなんで」俺は聞かれもしないのに、交番で言った。
俺の住所などを聞いて、この人は金持ちだと思ったらしく、疑われている様子はなかった。
財布を届けたことのある人は知っているだろうが、警官が中身を一緒に開封して、いくら入っているか調べる。
だから、結構時間がかかるのだ。
まず、札入れ。
開けてみると変な色の紙幣が出てきた。
俺が子どもの頃に流通していた岩倉具視の500円札、伊藤博文の1,000円札、聖徳太子の5,000円札と10,000円札だ。
「懐かしいですね」
俺は思わず言ってしまった。
「ええ。何でしょうね。この財布」
小銭入れには、500円玉がなく、昭和40年代製造なのにピカピカの小銭が入っていた。
「古銭集めてる人の財布みたいですね」
古銭を集める人は多い、父も旧紙幣を大事に保管していたものだ。
きっと、痴呆症の人が大事なコレクションを普段使いの財布と間違って持ち出してしまったのだ。
そして、そこには昔の保険証、免許証が入っていた。
あ、持ち主すぐわかるわ。
俺はガッカリした。
落とし物は持ち主が見つからなかったら、拾った人にもらう権利があるので、俺は権利放棄しないで、その古銭を譲り受けたいと思っていたからだ。
一週間後くらいに落とし主から電話があった。
「ご親切に届けていただいて、ありがとうございました。でも、あれどこにあったんですか?」
「○○公園です」
「あ、そうですか。うちのおじいちゃん、その公園に勤めてたんです。すごい前ですけど」
ほら、
落とし主は呆けたおじいちゃんだ。
「きっと懐かしくて行ったんじゃないですか?」
「でも、45年くらいに前に亡くなってるんです」
「え?」
俺は聞き返した。
「だから、何で今それが出てきたか不思議で」
空き巣が盗んで落として行ったのか?
でも、なんでそんな財布を?
昭和の古銭なんて、そんなに価値はない。
「 もしかしたら、おじいちゃん、思い出して欲しかったんじゃないですか?」
俺は思い付きでそう言った。
お年寄りは亡くなるとすぐ忘れられて、話題にもならない。
「そうですね」
その人は泣き出した。
「もっとちゃんとお墓参り行きます。最近忙しくて」
俺はこれで良かったかな、と満足した。
良かったね、戸川さん。
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