廊下(おススメ度★)

俺は色んな会社で働いてきた。

転職回数はかなり多い。


これは、俺がまだ小さな会社で働いていた時の話だ。


俺が働いていた会社は、経費節減のために賃料の安いビルに入っていた。

ぱっと見はきれいなオフィスビルだけど、賃料が安いだけあってセキュリティが甘かった。


空き巣が入ったという話は聞かないけど、いつ遭ってもおかしくないようなビルだった。


エントランスは誰でも入って来れた。

しかも、防犯カメラはエントランスにしかない。


財閥系不動産のオフィスビルなんかは1階にセキュリティがあって、部外者はエレベーターにも乗れないが、安いオフィスビルの従業員は無防備だ。


そのビルのセキュリティは、各オフィスのドアについているものだけで、最後に会社から出る人がロックをかけるのだ。


退出設定がされていないと、警備会社が心配して電話をかけてくる・・・という建前で、実際は何もしない。


そのビルは24時間利用可だったから、テナントの社員がずっと事務所にいる場合もあり得るからだ。


ドアは内鍵をかけることができなかったので、会社にいるとセールスの人が勝手に入って来て、横に立ってるなんてことが何度かあった。

本当に心臓に悪かった。


そういう風に、明らかに危ないビルだったのだ。



廊下のドアは擦りガラスになっていた。

狭さを感じさせないために、あえてそうしていたのだろう。

廊下の明かりも入って来る。


オフィスは奥行きのある長方形で、廊下側にテーブルと椅子を置いて打ち合わせスペースにしていた。

奥はパーティションで区切った仕事のスペースだ。


打ち合わせスペースと仕事場の間には、行き来ができるようにドアがあった。

しかし、常時解放していた。

そうでないと、誰かが入って来ても気が付かないからだ。


社内で俺だけ遅くまで働くことが多かった。

同じフロアの他のテナントは、小さな会社ばかりで、夜8時くらいになるとみんな帰ってしまう。


俺は結構早い段階で、ワンフロアに1人でいることになる。

防犯カメラもない。

その時間になるとトイレに行くのも怖い。

男のくせにと思うかもしれないが、俺は閉所・暗闇が怖い。

そこのトイレはオートセンサーなので、電気を点けっぱなしにできないのだ・・・(涙)


夜9時頃だったと思う。

廊下に黒い影が見えた。

明らかにドアの外に誰か立っているのだ。

陰の大きさから大人の男だ。

さっき、トイレに行った時は、他のテナントは全て電気が消えていたはずだ。


しかも、ドアは鍵がかかっていない。

俺は半泣きになりながらも、そのまま仕事を続けた。


横目でちらちら見ながら仕事をしていたが、その黒い影はずっとそこに立っていた。


怖すぎて俺はドアを開けることができず、トイレにも行けなかった。


人が入って来ないように、俺はドアの外から見えないようにドアに近付いて重い物を置いた。

本気で開けようとしたらすぐ開いてしまうが、時間稼ぎはできる。


それでまたデスクに戻って仕事をした。

トイレをどうしたかは聞かないで欲しい。


それで夜中までずっと黒い影が去るのを待ったが、ずっとそこに立ったままだった。

セキュリティを呼ぼうかとも思った。


しかし、もう終電を過ぎていた。

ホテルに泊まるとしたら自腹になってしまう。


ドキ、ドキ、ドキ・・・・

自分の心臓の音が聞こえた。


俺は得体の知れない何かと、二人っきりだ。

あちらはトイレも行かずにそこにいる。


そして、いきなり廊下の電気が消えた!


「殺される!」


俺は心臓が止まりそうだった。

やめてくれ!!

来ないでくれ。

俺はパニックだった。


腰が抜けて床にしゃがみこんだが、

恐怖で失禁していた。

ドアに向かって体育座りのまま、目を瞑ってブルブルと震えていた。

「助けてください」と心の中で何度もつぶやきながら。


電気が消えてからは、その影は暗闇と同化していたが、廊下に出る勇気はなかった。


それから7時半くらいになって、ようやく廊下の電気が着いた。

他のテナントの人が出勤してきたのだ。


あれが何だったのか、今もわからない。

俺が会社をやめたからだ。

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