知らない女(おススメ度★★)
俺が仕事終わりに家に帰ると、2階に電気がついていた。
俺の家は3階建て。
数年前に、中古の家を購入したのだ。
売主はファミリーで、小学生の男の子と女の子がいた。
俺は一人暮らしだ。
あれ、電気消し忘れたのかな。
玄関の鍵を開けてみると、女物の靴が置いてあった。
履き古した黒いパンプスだ。
手入れもされておらず、土埃を被っている。
かかとを少し踏んだような跡がある。
誰だろう・・・。
俺はこれまで家に女を上げたことはないはずだ。
もしかして、結婚情報サービスで会った弁護士の人だろうか。
ほぼ間違いないだろう。
あの人はちょっといかれているけど、凶暴な感じではない・・・。
俺は足音をさせないようにゆっくりと階段を上がって行った。
ちょっと落ち着かせて帰ってもらおう。
ドアを開けてそっと覗くと、ダイニングのテーブルがきれいに片付けられて、料理がたくさん並べてある。
こんな状況でもうまそうに見えた。
赤い綿のワンピースを着た、ボブヘアの女が台所に向かって立っている。
誰かまったく見当がつかない。
女がこちらを見た。
化粧気がなくて、痩せて彫りの深い顔。
目が異様にギラギラしていた。
「ただいま」
俺は言った。
女の手にはちょうど包丁が握られていた。
恐怖で凍りつく。
「おかえりなさい」こうたとゆうなは?」
あ、もしかして、前の住人だろうか。
旦那が浮気して頭がおかしくなってしまったっていう・・・。
「そろそろ帰ってくるんじゃない?」
俺は相手を刺激しないように答えた。
「そう。ねぇ。ピアノどうしたの?」
げ、そんなの知らねぇよ。
「今、修理に出してるんだよ」
「え、壊れたの?」
「うん」
「部屋も随分変わったのね。私が入院している間に」
「ああ、ごめん。ちょっと気分転換になるかなと思って」
何だか申し訳ない気がしてくる。
「うん。でも、私の荷物は?」
「ちゃんととってあるから、大丈夫だよ」
俺はネゴシエーターにでもなったつもりで淡々と対応した。
そうして、しばらく階段のドア越しに女と喋っていた。
「あなた。お風呂入れば?」
女は言った。
「うん」
俺はそのまま階段を降りて、外に走って逃げた。
そして、110番通報。
途中、女が包丁を持って追いかけて来たらどうしようと、ハラハラしていた。
パトカーがやって来た。
女はそれまで出て来なかった。
あの女は今もあの家で暮らしていると思い込んでいるらしい・・・。
警察によると、女は病院を退院して実家に戻ってすぐに行方不明になっていたそうだ。
俺が内見に行った時に、家が片付いていたのは、新しい奥さんがやったのだろうか。
そう考えると、あの暖かく見えた家庭も随分違って見える。
浮気相手を平気で家に上げる父親。
若く美人の継母。
そんな家庭なら、子供たちは二度と心から笑うことはないだろう。
その後、前の奥さんは再び精神病院に入ったそうだ。
人の心も人生も、一度崩壊すると、もう、もとには戻らない。
今でも家に帰ると、2階を見上げる癖がある。
電気がついていないとほっとする。
もしかしたら、またあの女が夕飯を作って家族を待っているような。
そんな気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます