うさぎと竜神さま
かおりさん
第1話
「うさぎと竜神さま」
以前、住んでいた所の近くに、一級河川が流れていた。その川への土手を上がると、散歩の遊歩道になっていて、広々と見渡せる景色が気に入って、転勤するにあたり引っ越し先をその街に決めた。
私はうさぎを飼っていて、竹の籠にうさぎを入れてよく川の土手へ散歩に行った。遊歩道からそれて、川の方へ少し下って草むらに座り、うさぎを籠から出して遊ばせてあげると、うさぎはうさぎらしく喜び、草を食べたり草むらに分け入り何かを散策して、そのうちにへたばって佛さまの横臥像のように横になっていた。
夏の頃は、住んでいる部屋のベランダや、共用の廊下に蝉がよく横たわっていた。私はその亡骸をそっと手に持ち、うさぎを籠に乗せて自転車で川の土手へ行き、草むらの中に蝉を置いて、蝉が再び土に還るように蝉のお弔いをしていた。
ある日、昼寝していて夢を見た。今でも憶えている。私は竜の背中に乗っていて、どこまでもどこまでも川上へと川の真上を飛んでいる。ふと川の右手の川岸を見ると、大きな柳の木があり下に長く垂れた枝が風に吹かれて揺れていた。空の夕暮れ時の、とりのこ色が柳の木も川岸も全体を染めて、まるで絵画のような美しい景色に柳の枝が揺れていた。真っ直ぐに顔を向くと竜の頭の後ろ姿が見えて、私は嬉しくて、よし、どこまても飛んでいく、と思った。
夏の終わりの頃、いつものようにうさぎを連れて、土手を散歩していた。私と母と2人で歩きながら話しをしていて、うさぎは少し後ろに遅れて歩きながら草むらに興味を引いて鼻をフムフムしていた。
夕暮れ時の空のとりのこ色に、あれっ?何か見たことがある、とふと顔を右手の川の対岸に向けると、夕暮れに染まる柳の木の枝が風に揺れていた。
(あっ、この風景はあの竜の夢と同じだ)
すると土手の下から、犬が飼い主の持つリードを振り切って、うさぎに一直線に走ってきた。その瞬間を見たのだ。おじいさんの、あっ!という表情、そして全力で走り来る犬。
「犬が!うさぎっ!」そう声にするのが精一杯で、母がうさぎを草むらから奪うようにつかんだ。その瞬間、犬がうさぎが居た草むらまで一気に掛け上がり来て、息を切らしてハッハッと大きく体を揺らしながら立ち止まり、飼い主のおじいさんが走り来て、おじいさんも息を切らしていた。
うさぎを自転車の籠に乗せて安堵すると、おじいさんが少し心配そうにこちらを見ていたので、笑いながら会釈をしてそのまま母と自転車を押しながら歩いて帰った。
もしあの時、立ち止まり川の対岸を見なっかったら、私達の後ろにいたうさぎは視界に入らず、掛け上がり来る犬も視界に入ることなく、うさぎは犬に噛み付かれていたかもしれない。
あのおじいさんも、どれだけ悲しい想いをするところだったか、私は噛みつかれたうさぎを抱えて、動物病院へ駆け込んで、どれだけのつらい想いをしただろうか。本当にうさぎが無事で良かった。
私はしばらくの間、あの竜の夢の意味が分からなかった。ただ、夢に見た景色、夕暮れのとりのこ色、対岸の柳の木の長い枝が風に揺れる、あの風景。それを夢に見ていたから、そのおかげでうさぎは無事に助かった。
もしかしたら、川の竜神様が小さき命をお守りしてくれたのだろうか。私がせっせと蝉のお弔いをしていたのを見て、憐れんでうさぎを助けてくれたのだろうか。
歳を経るにつれてそう思うようになった。
そして、川には竜神様がいる。
荒川には竜神様がいる。
うさぎと竜神さま かおりさん @kaorisan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます