その合言葉には意味がない

「5月15日より、防犯対策の観点から、マンション入口における合言葉を設定させていただきました」

 管理人・尾島修一の名前が記されたチラシには、そう書かれていた。

 その下には銀色の長方形のメッキがついているので、1円玉でこすって剥がす。


 合言葉は「迎えよ、カンテラ」だ。


 15日からマンションの住人は皆、外出先から戻るたびに「迎えよ、カンテラ」と唱えた。

 カンテラという一見シュールな言葉は推測されにくい。

 悪者を寄せつけないぶんには理想的だろう、と思われた。


 しかしある日、マンションにパトカーが集まった。

 窓ガラスにチラチラかかる灯りにつられて、ベランダから地上を見てみた。

 一人の男が警察官によって連行されていた。


 そして翌日、新たなチラシにはこう書かれていた。

「当マンションの管理人、尾島修一容疑者が、未成年者略取の容疑で逮捕されました」

 その文言を見たとき、無力感が僕を包んだ。

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