第6話 風の報告
妖精の峡谷(fairy canyon)は、翼人族から翼を授かり、ワールド内を自由自在に飛行できるというワールドである。見渡す限り、茎の長い植物や花で羽休めできるようになってある。
「私、飛べるー空を飛べてるんだよ! 見て! 見て!」
「なんのアニメか漫画か映画のネタだ」
「私も知らん、でもなんとなく言いたくなる気持ち良さがあるぞ。倉間も突っ立ってないで飛びたまえ」
水坂は縦横無尽に風を切り、地上500mの空を飛び回る。
「お、俺は遠慮しとく。捜査の為に来てるんだ。遊びに来てるわけじゃない」
「そうか? 風が友達になった気分だ」
倉間の周囲を上下左右に飛び回る水坂。
「高い所怖くねえのかよ、もし……」
「翼がもげたらどうしよう? とかないない。いくらノクティスだって、そういう安全配慮はしっかりしてるでしょ」
「ハッカーにセキュリティーを許してるけどな!」
「あのなー、もしもげて落ちたところで、ここは仮想空間なんだ、本当に死ぬわけじゃない、せいぜい植物人間になるぐらいだ」
「俺は五体満足で帰りたいよ」
倉間は足元をゆっくり見る。
幼児達が楽しそうにじゃれあいながら楽しそうに飛び回っているのを見て、倉間はため息をつく。
「人間の視覚は、事実による理解を超越することもありうる、か」
水坂の冷静な分析に、倉間は顔を顰める。
「うるせえ、人間は危機が迫ると防衛本能が起きるんだよ」
と、倉間の身も蓋もない返しがある頃に、速報入る。
「速報です、<クラウドメイカーズ>にて、謎の大量爆発が発生しました。この事件で百人以上のネットワーク強制離脱が確認され、現実世界での安否は不明とのことです」
「またやられたか」
倉間は腕を組み、額に皺を寄せ始める。
「……j okジョーカーか? ふざけたやつだな」
「cloud makersでcじゃないのか?」
「いや、そもそも頭文字じゃなかったんだ。
Jungleのj、oceanのcこれは、あくまで犯罪予告の文字で、しかも犯人側はそこまでヒントを与えるつもりもない。お遊び感覚でヒントを与えるに過ぎない。それにこの3つめの大量爆発事件。段々事件の被害レベルが上がってきている」
「jokはあってるんだよな?」
「恐らく。jokeでした。とかいう狂った奴でなければな」
「jokerとかか?」
「ジョーカー、トランプのジョーカーの事か、まだ続くのか……」
「私は爆発の原因がとりあえず、知りたいからクラウドメイカーズへ行きたいぞ」
「ああ、掴めそうで掴めない。この気持ち悪い感覚は何だ」
突然また、倉間が独り言をぶつぶつ言いだし、考え始める。
高所ということを忘れ、翼を広げ右往左往。
「聞いてるのか、探偵刑事」
「いや、そうか……やはり、自然……」
「この私を無視か!いい身分のやつめ! 強制的に送り込んでやる!」
水坂は、空中を高速でタイピングすると、穴を作り出した。
しかし、それすらも気づかず、水坂のチョップで後方にのけ反る。
「なにすん」
だ、の言葉は聞こえずクラウドメイカーズへワープ。
水坂も後を続いて穴へと飛び込む。
倉間の行き着いた先は、夕焼けで紅みがかった丘だった。哀愁漂う景色も、今は血を連想させるようで、気が重くなる。
「このマップは、一日と同じ周期で変わるんだ、倉間は爆発の根源はわかる?」
「俺に理系のことをきくな。そもそも贋物の世界の話だろ」
「そう、でも今私たちが生きているのはこの贋物の世界だ」
倉間は、足元にある芝を蹴り飛ばした。舞い上がった草が、ふわりと風に乗って、どこかへいった。
水坂は続ける。
「この世界の物質は、現実と似たように忠実に再現している部分がある、それはなぜだと思う?」
「そのほうが都合がいいからだろ、創るのが楽だからとか」
「そういうのもあるかもしれない。だがね、ネットワーク世界で一番恐れないといけないのは現実世界へ帰れなくなることなんだ。離人症は21世紀初頭にはもうあったが、それを治す方法が未だに存在しない」
「現実世界と限りなく近づけることで、離人症は回避できるってことか?」
「いや、気休めだよ。限りなく可能性を下げられるっていうね」
水坂はまた指を空に置きタイピングを始める。
「離人症……jok……おい! 水さ」
「……なんてことだ! ありえない。このワールドそのものにハッキングしている!」
「なんで、そんなことを驚いてるんだ。今までだってそうじゃないのか」
「思い出してみろ! 今までそんな複雑な内容でもなかった、第一のジャングルの事件は、人をハッキングしてるだけだと思っていた。第二の海の事件は巨大人食い鮫を出しただけだと思った……だが事実は違ったらしい。第三の事件……雲の水蒸気を扱った水蒸気爆発だと思っていたんだが、そもそもこのワールドをハッキングされたようだ」
水坂は愕然としているのか放心状態になる。
「それのどこがおかしいんだ」
「君は、この世界がどのようにして構成されているかわかるか?」
「大気とか酸素とかそういう話か?」
「それは、現実の世界の場合だ。このワールドはAIの夢なんだよ。ワールドの数だけAIは夢を見ているんだ」
「それと何が関係あるんだ、結論から教えてくれ」
「……これは、外部のハッカーじゃない。このネットワークワールドの関係者ってことだ。君も鈍いな」
「それはよくある話だろ、一言多いぞ」
「だが、どうハッキングしたかわからない」
「じゃあ天才科学者もお手上げか」
「これは簡単な話じゃない。君は、触れたら爆発する爆弾を、作り替えることはできるか?」
「どういうことだ」
「このネットワークワールドには、すべて攻性防壁がかけられている。君にわかりやすく説明すると、触れたら電気が走る有刺鉄線とでも思ってくれればいい。ハッキングすれば現実の脳まで電気がビリビリー。脳死ってことだ」
「わかりやすくどうも。ふむ……」
倉間が腕を組み、思考を巡らせる。
「しかし、犯人はジョークだって話だろ、こんな事しておいて。まるでジョーカーみたいなやつだな。犯行を楽しむサイコパス」
「そう断定するのはまだ早い。やはり、犯人の動機を辿るべき」
「しかし、まともなメンタルじゃできないぞ。こんな無茶苦茶なハッキング。強靭なメンタルを持っているのか、狂人じみた行動、あるいは私より優れた高度な技術……」
水坂は苦虫を潰したような顔をする。
倉間はそれを見て、水坂の肩をたたく。
「この化け物の正体を洗うぞ。日坂診療所に連絡とってくれ。私はその間、行くところがある」
「……ああ、わかった」
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