第11話 和風都市 〈6〉


 パチーン。


(……は?)


 あたしは状況がうまく飲み込めず、その痛みよりも疑問符のほうが多く脳内を飛び交った。


「無謀と勇気を履き違えないでほしいですわ」


 目の前には和装の犬が正座している。

 この犬があたしの頬をパチーンと叩きやがった。

 虫かなんかでも止まっていたかのように、パチーンと。


「は?」


 あたしはダンジョンから脱出し、旅館を見つけ、チェックインした。

 先導する仲居について行き、一人で泊まるには広すぎるようなこの部屋で足を伸ばしていたのだ。


 仲居が立ち去ったかと思ったら入れ替わりでこの犬がドスドスと入ってきて、ビンタされた。


「アンタ、山の主にご挨拶なされたのでございましょう?」

「主って、さっきのヤマタノオロチ?」

「さようでございます。アンタが入り口から出てきたのを、山菜取りが見かけまして、私に教えて下さったのです」


 ああ、ついさっきね。

 人の気配は感じなかったけど、あの辺に人が――犬がいたのか。


「アンタが死んだらやっちゃんが悲しみます」


 知らんやつの名前を出すな。

 この世界に知り合いは、……思い当たるのは服屋の店員とか、温泉まんじゅう屋のおじさんとか。

 どっちも名前は知らねえ。


「なんでお前があたしを引っ叩くんだよ」


 お前は何様なんだよ。

 あたしの質問の答えなのか、和装の犬はその懐から桜の花びらの形をしたアクセサリーのようなものを取り出す。


「? なんだそれ」

「これは《サクラバッジ》です。山の主を倒したプレイヤーに渡されるもの。各地のバッジを集めていかなければ、〝メインクエスト〟のラスボスの居場所には辿り着けません」


 ほう。

 あたしが乗り越えなければならない〝メインクエスト〟を突破した証拠品ってことかな。

 しかも最後の最後に必要になってくる、っていう寸法か。


 それをコイツが持っている。


「私は一つ目の〝メインクエスト〟のクエスト対象NPCですわ。まずは私に話しかけて、クエストを受注し、山の主を倒しに行かねばなりません」

「そいつは知らなんだな」


 ご親切にどうも。


 その説明はヤマタノオロチに会う前にしてほしかった。

 正規の手段を踏まんかったあたしも悪いな。


 なら、今からそのクエストってやつを受注させてもらおう。


「アンタにはクエストを受注する資格はありません」

「は?」


 懐に《サクラバッジ》を戻してしまう犬。

 資格ってなんだよ。


 あたしの『冒険の手引き』には書いてなかったぞ?


「アンタは初心者ミッションをクリアしてからここにいらしてください」


 初心者ミッション。

 それは『冒険の手引き』に記載があった。


 この世界の基本を学ばせるっていう。

 なんかいろんなところを歩いて回らんといけないやつ。


「ふざけんな」


 時間の無駄だ。

 手っ取り早くいかせてもらう。


 あたしはホルスターからSAAを取り出し、その銃口を犬に向けた。


 あくまであたしは『人類の平和』のために〝メインクエスト〟とやらを踏破しないといけない。

 別に初心者であってもいい。


 コイツはあたしにラスボスとやらへのルートを教えてくれた。


 ヤマタノオロチがああだったのだから、他の〝メインクエスト〟のモンスターも大なり小なりあんな感じだろう。

 それなら、倒さなくてもいいじゃねぇか。


 その


「何をなさるおつもりですか」


 犬は微動だにしない。

 逃げも隠れもせず、怯える様子もなく、あたしの前に座っている。


「大天才のあたしは、天才的に〝メインクエスト〟を撃破してやるんよ」


 あたしに迷っている時間はない。

 だって、ぽっと出のモブ一人の命とあの世界の『人類の平和』を天秤にかけたら、それは『人類の平和』のほうが重たいだろう?


 大天才のあたしが大正義だ。


 コイツの言った『やっちゃん』が、コイツの死を悼もうとも、あたしの胸は痛まない。


 この世界はただの踏み台。

 どうなろうと、あたしには一切関係のない話。


「後悔しますよ」


 ほざけ。


 似たような顔をした同世代型が死んでもあたしはなんとも思わなんだ。

 それが『人類の平和』のためなら、それ以上の名誉はない。


 恨むんなら、あたしだけでなく創も恨んでくれよ。


「しないさ」




【合理的打開策】

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