そして 隠者は 試みた

第6話 和風都市 〈1〉


 この街は、和風都市ショウザンらしい。

 コボルトが多いのはこの街がスニーカ族という頭部が犬な獣人の支配下にあるからだと、『冒険の手引き』というアプリから学んだ。

 リフェス族という頭部が猫の獣人もおり、この世界にある七つの都市はスニーカ族とリフェス族が三つずつ領地としていて、あと一つのゼノンがどちらの領地でもない中立都市なのだとか。


 あたしが元々持っていた携帯端末と異なり、創から受け取ったスマホには決済端末としての機能はない。

 だが、この世界の大まかな情報を得ることはできるようだ。

 使い方は同じで、画面に整列しているアイコンをタップするとアプリが起動する。


 今起動している『冒険の手引き』の他には『インベントリ』や『スキルツリー』などといった見慣れない単語がアプリ名として並んでいるが、これらのアプリは『冒険の手引き』で検索すれば使い方が載っていた。


(武装しているコボルトは〝プレイヤー〟か)


 創と別れて建物の外に出たあたしは今、その軒先で壁に寄りかかってスマホをいじっている。

 時折吹き付ける春風が桜の花びらを転がしていた。


 プレイヤーは、この世界の外からこの世界にインターネットでアクセスしているらしい。

 最初にスニーカ族かリフェス族のアバターを作成し、この世界の外から作成したアバターを操作している。


 要は、この世界の外に個人が自由にインターネットを使用できるような世界が存在しているようだ。


(異世界だな)


 創があたしの世界の常識を真っ向から否定してきたのは、創はその異世界の人類に近しい存在だからだろう。

 他のプレイヤーのようにアバターを使用せず、人の形であたしの目の前に現れたのは謎だが、一般のプレイヤーは創のように自由自在にアイテムの効果を書き換える(あたしの拳銃をサモンアクションアクティベーターだとかに変えてしまった)ことはできないようだ。

 この『冒険の手引き』のどこにも記されていない。


 で。

 あたしの職業であるサマナー。


 MPというものを消費して召喚獣――特殊な能力を持ったモンスターを操って戦う、らしい。

 召喚している間、MPは減り続け、ゼロになると召喚獣は消えてしまう。


 スマホのカメラを起動し、あたし自身を写すとあたしの現在のステータス(この世界での成績表のようなものっぽい)が確認できる。

 あたしのMPの数値は10なのだとか。


 この数値はレベルが上がるにつれて増えていくっぽい。


 このレベルっていうのはモンスターを倒せば倒すほどもらえる経験値によって上がっていく。

 今はレベル1で、レベル2になるのに必要な経験値は8らしい。


 この辺に出現するテラーラビット――たぶん、菜の花畑にいた二本足で立ち上がり「なーうー」と鳴いていたウサギだろう――を倒せば上がりそうだ。

 ただし『モンスターとプレイヤーとのレベル差があると経験値が入らない』だとかなんとか注意書きがあるのが気になるっちゃ気になる。


「ま、試しにやってみっか」


 実験してみて初めてわかることもある。


 あたしは拳銃を足元に向かって撃ってみた。

 トリガーを引くとちゃんと銃弾が出てきて、地面に命中した場所から二匹のリスが現れる。


「キュ!」

「キュキュイ!」


 あたしの髪の毛と同じ赤紫色をしたリスだ。

 二匹ともあたしに向かって『任せろ』と言わんばかりに胸を張っている。


 元の世界の怪物たちがどいつもこいつも通常の個体よりデカかったのに対して、召喚獣は元の動物のサイズのままだ。


「あんたらは何をしてくれるのかな、っと」


 スマホのカメラを通して見るとこのリスの召喚獣が《リスキースクワール》という名前だとわかった。

 名前の下には『フィールド上を一定時間探索し、〝ゴールド〟を拾ってくる』と記されている。


「金を持ってきてくれるのか!」


 あたしの声に反応して「「キュ!」」とその場でぴょんぴょんする《リスキースクワール》の二匹。


 この世界の通貨は円ではなくゴールドで、どの店もゴールドで会計しなければならないと『冒険の手引き』にある。

 元の世界は電子決済でピピっと買い物できたが、街の様子を見ていると文明の遅れ具合を感じるので、ここはあたしの文明レベルを下げていこう。


「名前でも決めようかな」

「キュッ!」

「キュイ!」


 研究施設の中では(怪物への有効打を模索するべく)様々な動物が実験体として試作品の餌食になっていたが、研究施設の外では愛玩動物として犬や猫を飼っている一般市民もいた。

 愛玩動物には名前をつけるべき。


 この召喚獣たちに名前をつけていこう!


 これから〝メインクエスト〟に挑んでいく大事な仲間だ。

 あたしを守ってくれる相棒でもあり、命令を素直に聞き入れてくれる下僕でもある。


 ペットみたいなもんだ。


「タロウとジロウで!」


 左側のタロウはまんざらでもない顔をしているが、右側のジロウは地団駄を踏むような動きをして「キュ! キュッ!」と抗議してきた。


 不満かァ。

 出てくるタイミングほぼ一緒だったもんな。


「なら、多くゴールドを集めてきたほうがタロウってのはどう?」

「キュイ!」


 ジロウ(仮)が目を輝かせる。

 タロウ(仮)は「キュッ!」とジロウ(仮)を睨んだ。

 翻訳するとしたら『負けないぞ!』かな。


 いくら持ってきてくれるんだろな!


「よーい、どん!」


 あたしの合図と共に「「キュキュイ!」」と出発していく。

 やがて二匹の尻尾は見えなくなった。


 ゴールドは、黄金都市ピタゴラという街で加工されているらしい。

 ショウザンの〝メインクエスト〟をクリアした後の次の次に行かなきゃならねえのがこのピタゴラだから、ついでに見学させてもらえないものか。


 この世界の文化が気になる。


 鎧や武器を加工する技術はあるのに、機械の類は創の頭上にあったディスプレイぐらいなものだ。

 あとはこの手元のスマホか。


 スマホにこれだけ情報が詰まっているのだから、プレイヤーがスマホを眺めながら歩いていてもおかしくない。

 だが、道行くプレイヤーたちの装備を頭の先から尻尾の先まで凝視してもスマホは見つからない。

 あの服装にポケットがあるようにも思えない。

 ベルトにガンホルダーならぬスマホホルダーがあるわけでもなさそうだ。


 今後プレイヤーと交流する機会があったら訊ねてみよう。


 異世界人との交流だ。


(……あいつらの探索ってどれぐらいかかるんだか)


 手持ち無沙汰なので〝メインクエスト〟を確認しよう。


 ここ、ショウザンではフジマウンテンの火口に出現するヤマタノオロチと戦わなければならない。

 ヤマタノオロチといえば日本神話に登場する八つの頭と八つの尻尾の龍。

 神話では酒を飲ませて酔ったところを切り付けるんだったか?


 まさかそれそのものが出てくる……わけではないと思いたい……。





【隷属的小獣】

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